ユーロ・コミュニズムとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > デジタル大辞泉 > ユーロ・コミュニズムの意味・解説 

ユーロコミュニズム【Eurocommunism】

読み方:ゆーろこみゅにずむ

1970年代後半に、西欧諸国、特にイタリア・フランス・スペインの共産党がとった自主的な共産主義路線ソ連共産党路線追随せず、複数政党民主的な政権交代認めた議会制度通じて社会主義への移行をめざすもの。


ユーロコミュニズム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/08 14:20 UTC 版)

ユーロコミュニズム(Eurocommunism)または欧州共産主義(おうしゅうきょうさんしゅぎ)は、中ソ対立などにより国際共産主義運動が多様化する中で1970年代西欧(主にフランスイタリアスペイン)の共産党で趨勢となった共産主義の一潮流。暴力革命プロレタリア独裁民主集中制分派禁止などの路線を放棄し、ソ連型共産主義と違う路線を選んだ[1]

概要

ソ連共産党とは距離を置き、プロレタリア独裁の放棄や複数政党制の容認、自由民主主義の擁護などを公然と宣言した。

フランス共産党は、1968年12月、〈先進的民主主義〉の理念を発表し、〈社会主義への道をきりひらく〉ための〈一貫した先進的民主主義の政治〉をうちだした。そして、1972年、フランス社会党と、〈共同政府綱領〉を締結し、1974年の大統領選挙で、フランソワ・ミッテランを統一候補としてたて、当選まであと一歩のところに迫った。

しかし、1977年、共産党は〈共同政府綱領〉の改定交渉で、国有化の範囲を広げるなどの提案をだし、結果的に交渉は決裂、社会党との共同綱領は流産した。さらに、1985年の党大会で、これまでの方針を撤回、〈社会変革そのものを直接の目標とする闘争〉へと切り替えた。

イタリア共産党では、1975年の党大会で、エンリコ・ベルリンゲル書記長により歴史的妥協(Historic Compromise)の方策が提案された。この大会で、〈民主主義的、反ファシズム革命の第二段階〉と現状を位置づけ、当時の与党であったキリスト教民主党との提携によって政権を獲得しようと試みた。それは、イタリア共産党がそれまで掲げていた、北大西洋条約機構(NATO)体制からの離脱という方針を放棄するものでもあった。1976年の総選挙で得票率34%を獲得したが、政権入りはならず、1977年にキリスト教民主党との協定も成立したが、やはり政権には加われなかった。そして、1991年2月、党名を〈左翼民主党〉と改め、社会民主主義の潮流に加わることになった。このとき、その方針に従わないグループは共産主義再建党を結成した。

スペイン共産党では、モンクロア協定Pactos de la Moncloa)などが特徴的な事件であった。

1955年六全協以降の日本共産党も、準綱領自由と民主主義の宣言などに示された路線はユーロコミュニズムの一種とみさなれることがある。1970年代後半の一時期には、〈ユーロ・ニッポ・コミュニズム〉などと発言していた時期もあった。しかし、日本共産党は、西欧諸国(特にイタリア)の共産党がNATOを容認する姿勢を示したことを激しく批判した経緯もあって、ユーロコミュニズムとは一線を画していると主張しており、その立場を現時点でも撤回しておらず非同盟諸国首脳会議への加盟を綱領に明記している[2]。また、西ヨーロッパのユーロコミュニズム諸党は党の内部に多様な思想の存在を認めているが、日本共産党は冷戦以降も多様な意見が同時に存在することを党の規則で禁止している[3]。日本共産党は冷戦後に旧西側諸国で派閥の禁止と民主集中制を維持している政党であり、戦後に日本共産党における著名人および古参活動家も戦前からの者も時代ごとの執行部の方針に賛同しない者は除名、除籍されている。 民主集中制廃止・派閥禁止の廃止が基本であるユーロコミュニズムとは完全に異なる。日本共産党内で党内に多様な潮流・分派の存在する権利を求めた学者党員などは、党と社会とを混同するものとして徹底的に批判され、自己批判に追い込まれ除名されるか、離党させられた[4][2][3]

脚注

  1. ^ 北西允 (2009年7月31日). “7月第60回ユーロコミュニズムの台頭」”. 新社会党広島支部. 2017年6月21日閲覧。
  2. ^ a b 文藝春秋,第68巻第10-11号p216 1990年
  3. ^ a b 兵本達吉「日本共産党の戦後秘史」p24,2005年
  4. ^ 兵本達吉「日本共産党の戦後秘史」p32,2005年

参考文献

関連項目


ユーロコミュニズム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/08 03:32 UTC 版)

エンリコ・ベルリンゲル」の記事における「ユーロコミュニズム」の解説

イタリア共産党指導者務めた1970年代から1980年代にかけては、アルマンド・コスッタ元委員長筆頭とした党内急進派反対押しのけて、プロレタリア独裁放棄しソ連型社会主義決別するいわゆる「ユーロコミュニズム」路線推し進めた。これにより近隣諸国のみならず世界各国から高い人気得た。 さらに、1980年行われたソビエト連邦のアフガニスタン侵攻公然と批判するなど独自の外交進めたほか、当時レオニード・ブレジネフ書記長体制下で硬直化したソビエト連邦一線を画す方針取り冷戦下西側ヨーロッパにおいて高い評価受けたまた、ユーロコミュニズム路線一環として、同じ民主主義国スペイン共産党サンティアゴ・カリージョ書記長や、フランス共産党ジョルジュ・マルシェ書記長など、近隣西側諸国共産党との連携推し進めた。 これらの既存共産主義政党超えた活動推し進めた結果イタリア国内におけるPCIへの支持伸ばしボローニャフィレンツェなどの大都市首長の座をPCI占めただけでなく、国会議席急増するなどPCI躍進原動力となり、その現実的な主張手腕国際的に高い評価受けた

※この「ユーロコミュニズム」の解説は、「エンリコ・ベルリンゲル」の解説の一部です。
「ユーロコミュニズム」を含む「エンリコ・ベルリンゲル」の記事については、「エンリコ・ベルリンゲル」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「ユーロ・コミュニズム」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ

「ユーロコミュニズム」の例文・使い方・用例・文例

Weblio日本語例文用例辞書はプログラムで機械的に例文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ユーロ・コミュニズム」の関連用語

ユーロ・コミュニズムのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ユーロ・コミュニズムのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのユーロコミュニズム (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaのエンリコ・ベルリンゲル (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。
Tanaka Corpusのコンテンツは、特に明示されている場合を除いて、次のライセンスに従います:
 Creative Commons Attribution (CC-BY) 2.0 France.
この対訳データはCreative Commons Attribution 3.0 Unportedでライセンスされています。
浜島書店 Catch a Wave
Copyright © 1995-2025 Hamajima Shoten, Publishers. All rights reserved.
株式会社ベネッセコーポレーション株式会社ベネッセコーポレーション
Copyright © Benesse Holdings, Inc. All rights reserved.
研究社研究社
Copyright (c) 1995-2025 Kenkyusha Co., Ltd. All rights reserved.
日本語WordNet日本語WordNet
日本語ワードネット1.1版 (C) 情報通信研究機構, 2009-2010 License All rights reserved.
WordNet 3.0 Copyright 2006 by Princeton University. All rights reserved. License
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
「斎藤和英大辞典」斎藤秀三郎著、日外アソシエーツ辞書編集部編
EDRDGEDRDG
This page uses the JMdict dictionary files. These files are the property of the Electronic Dictionary Research and Development Group, and are used in conformance with the Group's licence.

©2025 GRAS Group, Inc.RSS