Sr同位体比による供給源の考察
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/29 10:05 UTC 版)
「岩神の飛石」の記事における「Sr同位体比による供給源の考察」の解説
気象庁気象大学校(当時)の佐藤興平は、諸説ある「岩神の飛石」の供給源の解明について、岩塊のストロンチウム同位体比の測定という、これまでの調査では行われることのなかった「同位体比から供給源を特定できる」可能性があることを指摘した。 佐藤がこの着想を得た根拠は、既存の研究や測定によって群馬県とその周辺火山の岩質のSr同位体組成の特徴が1980年代に判明していることと、論争となっている「赤城火山」と「浅間火山」の87Sr/86Sr同位体比とでは数値が際立って異なっていることで、これは「榛名火山」についても同様で、これら3つの火山の同位体比データは重複することがない。同位体比では形成された時代の特定はできないものの、少なくとも供給源については「赤城」なのか「浅間」かを容易に特定できると考えた。 前橋市 岩神の飛石 赤城山(地蔵岳) 浅間山(黒斑山) アヤメ平 日光白根山 皇海山 武尊山 子持山 小野小山 榛名山 鼻曲山 草津白根山 四阿山 岩神の飛石の供給源の可能性がある、上流経路方向に存在する第四紀に活動していた火山の位置関係。 地理的に岩神の飛石の供給源となる可能性がある、前橋へ泥流や砕屑物を供給し得る利根川流域上流経路に存在する火山群は、次の3グループに大きく分けられる。 群馬県北東部(日光白根山・武尊山など) 群馬県中央部(赤城山・榛名山など) 群馬県北西部(浅間山・草津白根山など) 群馬県の利根川上流域に分布する第四紀火山のSr同位体組織火山群火山名位置/座標第四紀の地質時代主な岩質87Sr/86Sr同位体(range)87Sr/86Sr同位体(average)群馬県北東部 アヤメ平 位置 Q1(1.6Ma) 安山岩、デイサイト 0.70491 0.70491 日光白根山 位置 Q3-H(<0.02Ma) デイサイト 0.70593 0.70593 皇海山 位置 Q1(1.6-0.9Ma) 安山岩、デイサイト 0.70639 0.70639 武尊山 位置 Q1(1.2-1.0Ma) 安山岩、デイサイト 0.0516-0.70577 0.70549 群馬県中央部 赤城山 位置 Q2-Q3(<0.3Ma?)〔ママ〕 玄武岩、安山岩、デイサイト 0.70643-0.70877 0.70748 子持山 位置 Q1-Q2(0.9-0.2Ma) 安山岩 0.70555-0.70568 0.70562 小野子山 位置 Q1(1.3-1.2Ma) 安山岩 0.70523-0.70584 0.70560 榛名山 位置 Q2-H(<0.5Ma) 玄武岩、安山岩、デイサイト 0.70488-0.70557 0.70523 群馬県北西部 鼻曲山 位置 G-Q-2(2.7-0.6Ma) 安山岩 0.70419-0.70423 0.70421 浅間山 位置 Q3-H(<0.13Ma) 安山岩、デイサイト 0.70416-0.70430 0.70421 草津白根山 位置 Q2-H(<0.6Ma) 安山岩 0.70396 0.70396 四阿山 位置 Q1-Q2(0.9-0.3Ma) 安山岩 サンプルなし サンプルなし 「岩神の飛石」のSr同位体組成サンプル№87Sr/86Sr同位体Error (2σ)IG-10.704163 0.000013 IG-20.704140 0.000014 IG-30.704160 0.000010 IG-40.704146 0.000013 平均値0.7041520.000011しかし前述したとおり「岩神の飛石」は国の天然記念物であり、試料の採取は文化財保護法上の問題もあって容易なことではなかった。ところが偶然にも前橋市教育委員会(次節で解説する)により、一部の岩塊の採取を伴う調査が行われることとなった。この調査は2011年に発生した東日本大震災にともなう、岩神の飛石の強度、安全性への懸念からで、前橋市でも最大震度5強を観測する大きな揺れが複数回あったことから、児童生徒らも行き交う住宅街の一角にある岩神の飛石の状態について心配する声が上がり、地元昭和町 (前橋市)町自治会を通じて「飛石の亀裂に変化があったのではないか」とする地域住民からの声が寄せられた。 このように、調査のきっかけこそ安全性の確認からであったが、「岩神の飛石」の環境整備等は1976年度(昭和51年度)に囲柵や標識・解説板の整備が行われた後、30年以上にわたり実施されておらず、前橋市は考古学的な観点も含め、改めて精巧な図面の作成や岩石の分析調査を行うこととし、文化庁の承認を得た上で、岩塊から試料を採取することになった。 Sr同位体比による供給源調査を提唱した気象大学校の佐藤は、ちょうどこの頃、文化庁審議会の天然記念物委員会の委員に委託されていたが、文化庁の承認は事務局レベルの判断で行われていたため、今回の「一部分の採取」という個別案件は知らされていなかったという。したがって前橋市教育委員会による岩神の飛石の採取はまったくの偶然であった。 採取された試料の提供を受けた佐藤は、Sr同位体比の測定と全岩化学組織の分析を行った。後に採取跡が目立たないよう、採取されたのは「岩神の飛石」の中央の岩陰付近であり、岩神稲荷の社殿の真後の部分にあたる。 採取された4つの岩片サンプル(試料)を用いた主成分の分析が行われた。全岩化学組成の測定は名古屋大学宇宙地球環境研究所に設置された蛍光X線分析装置(Shimazu XRF1800)を用いて行われ、その結果得られたデータは浅間火山の火成岩の化学組織と調和的であった。そして問題の87Sr/86Sr比の測定には同じ名古屋大学に設置された表面電離型磁場型質量分析計(VG Sector 54-30)を使用し、測定値は86Sr/88 Sr=0.1194で規格化した。この測定により得られた「岩神の飛石」の87Sr/86Sr比を右記の表に示すが、これらは既に判明している「赤城山」「浅間山」等の既存データと比較すると、これまで供給源とされてきた赤城山火山とは「かけ離れて」おり、浅間山火山のデータとほぼ一致することが確認された。 「岩神の飛石」と赤城山・榛名山・浅間山および近傍の火山岩の87Sr/86Sr比の比較 87Sr/86Sr比0.7030.7040.7050.7060.7070.7080.709試料n=測定試料数 岩神の飛石IG-1(n=1) 赤 城 山(n=12) 小野子・子持山(n=7) 榛 名 山(n=11) 浅 間 山(n=12) 八 ヶ 岳(n=5) 富士山(n=8) この表は「87Sr/86Sr比」を対比させるため、おおよその数値を視覚化したもの。岩神の飛石と浅間火山の数値はほぼ一致している。一方、従来供給源と考えられていた赤城火山の数値は明らかに異なる。
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