鳥飼次郎正時とは? わかりやすく解説

(十代)鳥飼次郎正時

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/16 18:44 UTC 版)

鳥飼家」の記事における「(十代)鳥飼次郎正時」の解説

鳥飼と同じ内堀にある金子権太左衛門時中二男次郎養子入り鳥飼正時となり正直の家督相続した金子家由緒書には詳しくかかれてはいないが、助右衛門同様定綱の時代より家臣となっており、両家はその当時からの250年上の付き合いである。正時の弟三郎樋口家養子となり家督継いでいる。 正時には妻「より」との間に嫡子正長二人の娘「礼」「くに」をもうけた正長家督相続する前に没している。正時人生は、幕末歴史激流翻弄されながらも、主君助け義を重んじる桑名武士の姿そのものであった京都守護職で兄松平容保と共にある主君松平定敬お供京都にあり、新撰組肩を並べていたが、慶応3年1867年)容保が京都守護職解かれ将軍徳川慶喜のいる大坂城へと退いた。翌慶応4年1868年1月鳥羽・伏見の戦いはじまり、朝敵と見なされた将軍慶喜幕府軍開陽乗り込み江戸に戻ることとし、定敬も容保らと共に慶喜追従した残され正時桑名藩士江戸へ戻った主君を追うように紀伊半島迂回して鳥羽国崎まできたが、既に桑名残っていた恭順家老らにより定敬の義弟である之助(13歳)を立て定教とし、桑名城新政府軍明け渡ししてしまったため帰国もならず、対岸知多横須賀上陸し陸路江戸へ向かった江戸では、新政府軍(偽勅により官軍自称する薩長連合)の足音間近に聞こえ様になると、将軍徳川慶喜西軍から睨まれている定敬を江戸から追い払おうと、桑名藩陣屋のある柏崎謹慎恭順する様に命じる。定敬は品川沖からプロシア船で横浜出港し箱館経由して新潟柏崎到着した同行した100名の家臣中に実父金子権太左衛門もあった。正時立見鑑三郎(後の陸軍中将立見尚文)らと共に陸路柏崎向かい柏崎到着後軍制を再編成し、致人隊(隊長松浦秀八)に加わったその後副長馬場三九郎代わり正時副長となり、柏崎から陸路会津若松到着した同年8月23日早朝会津藩白虎隊らは街道進んでくる西軍進路を断つため十破壊を行うことし、桑名藩士会津若松北東位置する大寺口に集結し十六橋渡れなくなって迂回してくる西軍待ち伏せした。しかし、堅固破壊手間取っているうちに新政府軍攻められ十六橋突破した新政府軍は戸ノ口原へと進んでいった。大寺口で待ち受ける桑名藩銃声が戸ノ口原方面移動するのを聞き十六橋突破されたことを知り迂回して滝沢本陣方面急行した滝沢本陣近く到着したときには、あたりは既に新政府軍押さえられており、本陣西方にある蚕養(こがい)神社到着したのは午後二時すぎであった。そこには薩摩土佐兵の一団がいたので、雷神隊隊長立見鑑三郎機転利かせ、隊を整列させ『御味方なり!』と敵軍向かい整然と行進した。だが、激戦汚れた服装や姿により見抜かれることになったが、意表を突くことで蚕養神社確保することが出来た。 その数刻前のこと、滝沢本陣にいた定敬達は鶴ヶ城に向かう兄容保と別れ塩川村向かっていた。それを知るよしもない桑名藩士は何とか突破して入城しようと数手に別れ突撃敢行したが、城下は城を取り囲む西軍押さえられており、会津戦争最大激戦繰り広げられ桑名藩苦戦強いられたこうした中、馬喰町ばくろうまち:現在は博労町表記されている)で部下叱咤激励していた副長正時銃弾倒れた。死を覚悟した正時は仲の良かった雷神隊副長富永太兵衛介錯頼み、その首級実弟樋口三郎時に託された。 入城を果たすことができないまま蚕養神社戻った立見鑑三郎桑名藩士は、藩主行方を知ることが出来無念のうちに引き上げ決意し藩主の後を追い塩川村移動したであったその折正時首級樋口三郎によって塩川村阿弥陀寺葬られた。その後、弟三郎実父金子権太左右衛門戦い続けた正時遺髪額髪)は3年後嗣子正長のもとに帰り実家にあった臍帯と共に桑名城南の佛光山十念寺納められた。 ■慶応4年明治元年1868年8月23日没、享年28法名賢良院人誉正時居士

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