絶対国防圏の決定とは? わかりやすく解説

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絶対国防圏の決定

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 10:48 UTC 版)

サイパンの戦い」の記事における「絶対国防圏の決定」の解説

1943年昭和18年)、大本営ソロモン諸島での一連の敗戦アメリカ軍による本格的な反攻前にして、広がりきった現戦線で戦うことの不利を認識後方自主的に戦線設けて戦線集約しようという方針検討始めた。しかし、日本陸軍日本海軍ではその方針が異なっており、日本陸軍アメリカ軍反攻から思い切って間合いをとり、後方防衛線で反撃態勢整えようという方針に対して戦線後退最低限止め早期決戦追求すべきという日本海軍、特に連合艦隊との方針違いもあって、議論容易に噛み合わなかった。連合艦隊ギルバート諸島マーシャル諸島アメリカ軍侵攻迎撃帯とするZ作戦要領発令したが、従来太平洋正面海軍担当地域考えていた陸軍は、ギルバートマーシャルには部隊配置しておらず、陸軍想定している西北部ニューギニアからマリアナ諸島に至る後方戦線から2,000以上も東方位置しているこれらの離島では、陸海軍連携して反撃は困難であるとして激しく反撥した。 これら陸海軍根本的な方針の差は解消されなかったものの、9月30日閣議及び御前会議決定された「今後採ルヘキ戦争指導大綱」において「帝国戦争遂行太平洋印度洋方面ニ於テ絶対確保スヘキ要域ヲ千島小笠原内南洋中西部)及西部ニューギニア」「スンダ」「ビルマ」ヲ含ム圏域トス」とする「絶対国防圏」が決定された。これは陸軍主張してきた後方戦線とほぼ同じもので、海軍主張してきた決戦場である、ギルバートマーシャル除外されたが、大綱のなかの「敵米英ニ対シ其ノ攻勢企図破摧シツツ」や「随時敵ノ反攻戦力捕捉破摧ス」の抽象的文言により、絶対国防圏前方での海軍の作戦容認する玉虫色決着であり、この海軍決戦思想は、陸軍持久戦略とは相反するもので、のちの絶対国防圏防衛体制構築遅らせることになってしまった。 陸海軍絶対国防圏防衛方針について協議してきたが、10月になってようやく戦力配備案がまとまり支那派遣軍から第3師団第13師団、第36師団日本本土から第52師団、第46師団の5個師団絶対国防圏上に増援として送られることとなった。そして、陸海軍11月8日に「中部太平洋方面ニ対スル陸軍部隊派遣ニ伴フ大本営陸海軍覚書」を交わして従来海軍担当とされてきた中部太平洋地域にも陸軍部隊派遣されることとなった絶対国防圏中核であるマリアナには第13師団連合艦隊根拠地であるトラック環礁に第52師団、またアメリカ軍侵攻してきた島に逆上陸を敢行する専門部隊海上機動第1旅団マーシャル配置され、他にもウェーク島ポナペ島クサイ島など太平洋諸島部隊送られた。陸軍部隊増援として各地送られている間、連合艦隊ニューギニア方面基地航空隊による航空攻勢ろ号作戦」を発令した見るべき成果もなく、アメリカ軍侵攻は全く衰えずに、1943年11月にはギルバート侵攻しタラワの戦いマキンの戦いギルバート攻略してしまった。 ろ号作戦惨敗ギルバート失陥絶対国防圏前方での決戦思想後退した海軍に対して今度陸軍1943年年末から年始にかけて、参謀本部作戦課長服部卓四郎大佐統裁によって行われた大規模な兵棋演習「虎号兵棋」によって、1944年は「東守西攻」の年とする方針決定した。これは東の太平洋方面では絶対国防圏持久作戦をとりつつ、西の中国大陸大規模な攻勢を行うというものであったこの方転換によって中国大陸では日本陸軍建軍以来最大級作戦となる「大陸打通作戦」(一号作戦)が実施されることとなり、マリアナ向けて派遣予定であった第13師団派遣中止された。このように統一感のない混迷した作戦指導によってマリアナ防備態勢構築はさらに遅延していくことになった

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絶対国防圏の決定

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 00:44 UTC 版)

太平洋戦争」の記事における「絶対国防圏の決定」の解説

1943年大本営ソロモン諸島での一連の敗戦アメリカ軍による本格的な反攻前にして、広がりきった現戦線で戦うことの不利を認識後方自主的に戦線設けて戦線集約しようという方針検討始めた。しかし、日本陸軍日本海軍ではその方針が異なっており、日本陸軍大幅に戦域集約したうえで、後方防衛線で反撃態勢整えようという方針に対して日本海軍戦線後退最低限にし、早期決戦追求すべきという方針であり、なかなか方針固まらないまま時が経過していった。日本海軍ギルバート諸島マーシャル諸島アメリカ軍侵攻迎撃帯とするZ作戦要領発令したが、従来太平洋正面海軍担当地域考えていた陸軍は、ギルバートマーシャルには部隊配置しておらず、陸軍想定している西北部ニューギニアからマリアナ諸島に至る後方戦線から2,000以上も東方位置しているこれらの離島では、陸海軍連携して反撃は困難であると主張するなど、陸海軍認識相違は明らかであった。 これら陸海軍根本的な方針の差は解消されなかったものの、9月30日閣議及び御前会議決定された「今後採ルヘキ戦争指導大綱」において「帝国戦争遂行太平洋印度洋方面ニ於テ絶対確保スヘキ要域ヲ千島小笠原内南洋中西部)及西部ニューギニア」「スンダ」「ビルマ」ヲ含ム圏域トス」とする「絶対国防圏」が決定された。これは陸軍主張してきた後方戦線とほぼ同じもので、海軍主張してきた決戦場である、ギルバートマーシャル除外されたが、大綱のなかの「敵米英ニ対シ其ノ攻勢企図破摧シツツ」や「随時敵ノ反攻戦力捕捉破摧ス」の抽象的文言により、絶対国防圏前方での海軍の作戦容認する玉虫色決着であり、この海軍決戦思想は、陸軍持久戦略とは相反するもので、のちの絶対国防圏防衛体制構築遅らせることになってしまった

※この「絶対国防圏の決定」の解説は、「太平洋戦争」の解説の一部です。
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