粗視化表現
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/01 08:35 UTC 版)
詳細なスケールの対極にあるのが、粗視化モデルと格子モデルである。系の全ての原子を露に(明示的に)表現する代わりに、ここでは原子の群を表現するために「擬原子」を用いる。非常に大きな系のMDシミュレーションは非常に大きな計算機資源を必要とするため、伝統的な全原子手法によって容易に調べることができない。同様に、長い時間スケール(1マイクロ秒を超える)の過程のシミュレーションは、多くの時間ステップを必要とするため、極めて計算コストが高い。これらの場合、粗視化(粗粒化)表現とも呼ばれる簡約表現を用いることによってこの問題に対処することができることもある。 粗視化(coarse graining、CG)手法の例としては、不連続分子動力学(CG-DMD)やGoモデルがある。粗視化はより大きな擬原子を用いることによって行なわれることもある。こういった合同原子(united atom)近似は生体膜のMDシミュレーションにおいて使用されてきた。電子的性質が興味の対象である系へのこういった手法の導入は、擬原子上の適切な電荷分布を使うことの困難さのため難しい。脂質の脂肪族末端は2から4のメチレン基を1つの擬原子としてまとめたいくつかの擬原子によって表わされる。 これらの非常に粗視的なモデルのパラメータ化は、モデルの挙動を適切な実験的データあるいは全原子シミュレーションへ合致させることによって、経験的に行われる。理想的には、これらのパラメータは自由エネルギーへのエンタルピー寄与とエントロピー寄与の両方を黙示的に考慮しなければならない。粗視化がより高い水準で行われる時、動力学的記述の正確性はより信頼できなくなる。しかし、よく粗視化されたモデルは、構造生物学、液晶の組織化、高分子ガラスの分野における幅広い疑問を調べるためにうまく使われてきている。 粗視化の応用の例を以下に挙げる。 タンパク質のフォールディングの研究はアミノ酸毎に単一(あるいはいくつかの)擬原子を使ってしばしば行なわれる。 液晶の相転移は制限された幾何構造と異方性種を記述するGay-Berneポテンシャルを用いた計算の一方あるいは両方で調べられている。 変形中のポリマーガラスは、レナード=ジョーンズポテンシャルによって記述され球を接続する単純な調和バネあるいは有限伸張性の非線形バネ (FENE; Finitely Extensible Nonlinear Elastic) を用いて研究されている。 DNA超らせん化は塩基対当たり1-3の擬原子を用いて、またそれよりもさらに低い分解能で研究されている。 二重らせんDNAのバクテリオファージ内への詰め込みは二重らせんの1ターン(約10塩基対)を表わす1つの擬原子を使ったモデルによって調べられている。 リボソームやその他の大きな系におけるRNA構造はヌクレオチド当たり1つの擬原子を用いてモデル化されている。 最も単純な粗視化の形は「合同原子(united atom)」であり、初期のタンパク質、脂質、核酸のMDシミュレーションのほとんどで使われた。例えば、CH3メチル基の4原子全て(あるいはCH2メチレン基の3原子全て)を露(明示的)に扱う代わりに、メチル基あるいはメチレン基全体を単一の擬原子によって表わす。この擬原子はもちろん、他の基とのファンデルワールス相互作用が適切な距離依存性を持つように適切にパラメータ化されなければならない。この種の合同原子の表現においては通常、水素結合に関与する能力のあるもの(極性水素)を除いて全ての明示的水素原子を消去する。この一つの例がCharmm 19力場である。 極性水素は通常モデルに保持される。これは水素結合の適切な取扱いが水素結合ドナー基とアクセプター基との間の指向性と静電相互作用のかなり正確な記述を必要とするためである。例えば水酸基は水素結合ドナーと水素結合アクセプターのどちらのなることができ、単一のOH擬原子ではこれを扱うことは不可能であろう。ここで留意すべきはタンパク質あるいは核酸中の原子の約半数は非極性水素であることであり、したがって合同原子を使用することによって計算時間を相当短縮することができる。
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