科学的内容
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/03 17:40 UTC 版)
議論の参加者達は特に、論文 Topological origin of inertia での「向きがどうであれ、フーコーの振り子の振動面は物理空間の起源を記した初期特異点に合わせて調整されている必要がある」という記述を確信を持って理解できなかった。加えて、その論文中では、フーコーの振り子の実験は「古典力学でも相対論的力学でも十分に説明できない」と書かれていた。ユーズネットでコメントしていた物理学者たちは、これらの記述とそれに続く説明の試みが奇妙であることに気付いた。なぜなら(博物館の一般的な展示物である)フーコーの振り子の軌道は、古典力学で正確に予言されるからである(相対論などのより新しい理論による補正量は非常に小さいため無視できる)。ボグダノフ兄弟は、それらの記述は位相的場の理論の文脈においてのみ明解になる、と説明した。Baez と Russell Blackadar は「振動面」の記述の意味をはっきりさせようとし、ボグダノフ兄弟が詳細な説明をいくつか出した後、Baez はそれが下記の内容を言い換えるための複雑なやり方であると結論付けた: ビッグバンはあらゆる地点で起きたため、振り子がどの向きに振れていても、その振動面は「ビッグバンを分割」したと言える。 (どのようにしてビッグバンが「あらゆる地点で起きた」のかについての説明は、en:Metric expansion of spaceを参照。)しかし、Baez が指摘したように、この記述は実際にはビッグバンについて何も述べておらず、以下と同等である: 振り子がどの向きに振れていても、振動面上には何らかの点が存在する。 さらにこの言い換え自体は「どんな面も点を含む」という記述に等しい。もしこれが例の記述のエッセンスならば、「慣性の起源を探る」のには有用ではありえない、と Baez は記している。 ハンブルク大学の博士研究員 Urs Schreiber は、兄弟は普段はもっと「現代的な用語」に頼っているのに、フーコーの振り子について述べるのは例の論文の通常の文体からずれている、と記した(George Johnsonによると、フーコーの振り子は「良きガリア的パロディーのいかなるものにも含まれるフランスの科学の徴し」だという)。Schreiber は統計力学・位相的場の理論・宇宙論の専門用語で表現されたボグダノフ兄弟の仕事における5つの中心的アイデア(結論Aから結論E)を特定した。それらの専門用語の一つである弦理論でのハーゲドルン温度(en:Hagedorn temperature)は例の論文ではその概念の詳細が使われておらず、しかも弦理論の論文ではないと宣言しているため、「弦宇宙論におけるハーゲドルン温度の役割を考察すると、これは自己パロディーの境界線上にある」と Schreiber は記している。また Schreiber は、結論D(「初期特異点における」時空計量はリーマン多様体でなければならない)が彼らの議論の最初の仮定(擬リーマン多様体によるFRW宇宙)と逆の事を言っている、と指摘した。最後の結論Eはこの矛盾を「呼び出された量子力学」("invok[ing] quantum mechanics")で解決しようとしていると Schreiber は記している。ボグダノフ兄弟自身は Schreiber による要約を「非常に正確」だと表現した(この点についての更なる詳細は後述の#メディアの巻き込みの節を参照)。Schreiber は 念のために:私は上記のどれも正しい理由付けだとは思わない。著者らが論文を書くときに持っていた中心となる「アイデア」だと私が思うものが何で、そこから彼らが自身の結論にどのようにして至ったか、を指摘するために私はこれを書いている。 と結論付けている。 ペンシルベニア州立大学の Eli Hawkins も『プランクスケールにおける時空のKMS状態』について同様の考えを述べている: 熱力学的平衡はKMS状態である、というのが論文の主な結論だ。これはほとんど言うまでもない:量子系にとって、KMS状態はただ熱力学的平衡の具体的な定義だからだ。困難なのはその状態が適用されるべき量子系を特定することで、それはこの論文の中では成されていない。 ストラスブールにある Université Louis Pasteur の Damien Calaque はグリシュカによる未出版の論文草稿Construction of cocycle bicrossproducts by twisting(『ねじれによる双対輪体重クロス積の構成』)に否定的なコメントを述べている。Calaque の見込みでは、草稿にある結論には独立した掲載論文となるのに十分な新規性と興味深さがなく、さらに主となる理論が現状では間違っている。グリシュカの構成から生じる双代数(en)はホップ代数(en)である必要はなく、 後者は追加の条件を満たす必要がある数学的対象である。 前述のように、論文に対し最も好意的なコメントは物理学者 Luboš Motl によるものである: …ボグダノフ兄弟によるいくつかの論文は本当に痛ましく明らかにばかばかしい…しかし最も有名な初期特異点の解決に関する論文は少し違っていて、より洗練されている。 …Roman Jackiw が、受理論文に期待する全て——専門用語の知識と独自のアイデア——が満たされている、と述べても私はそれほど驚かされない(Jackiw も Kounnas も Majid も同様の結論を出した唯一の人ではないのを認識すべし)。 …技術的には、彼らの論文はあまりに多くのものを結びつけすぎている。もしこれらのアイデアと(正しい)式が初期特異点の有用な解決策を正当なものにするのに必要だとしたら、良すぎるだろう。しかし、もしこの難問に関する論文がしっかりと定義された科学であるだけではなく人を触発する芸術でも少しはありうると認めるなら、兄弟はとても良い仕事をしたことになる、と私は思う。そして私は彼らの論文によって開かれた多くの疑問に対する答えを知りたいと思う。 しかし、Topological field theory of the initial singularity of spacetime(『時空の初期特異点に関する位相場の理論』)への Motl による注意深い支持は、Robert Oeckl による MathSciNet での公式レビューとは対照的である。その中では論文は「ばかげた無意味な記述であふれ、致命的な一貫性の欠如という弱点がある」とされ、その論点を説明するためのいくつかの例が続き、結論として「科学的標準に欠け、見たところ意味のある内容は無い」とされている
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