社会的な業績
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/19 19:44 UTC 版)
「ジェームズ・クレノフ」の記事における「社会的な業績」の解説
家具作りがインダストリアル・デザイン主導の下、高度に産業化されて行く時代にあって、生涯にわたり、一見時代遅れにも思える、小規模な一点制作の木工による家具工芸を実践する一方で、並行して教育活動、著作活動、メディアへの回答などを通じて、その制作の在り方が現代においても新たな価値を持つことを伝えようと、活発な発言を続けた。 使おうとする木材と深く知り合う関係作りから出発して、木材内部への読みと探りを入れながら展開されるその独特の家具作りには、単なる職業としての価値以上に、木材との関係の中での、新たな発見の連続となる、生きた経験という内在的な価値があった。クレノフにとっては、作る行為の一つ一つに冒険と挑戦による高揚があり、木材に触発され、感応しながらすべての作業を積み重ねることで、自ずとその先に充足と平安がもたらされる。為すこと自体に意味があり、時間に捉われることなく無心に没頭することに価値があった。金銭的な見返りや世間の評価が得られるかどうかではなく。作る側の創作動機を徹底的に守ろうとする点では、純粋な作り手であり、工芸家であった。その強固な信念は、木材との関わりに汲めども尽きぬ魅力を感じるところから生まれていた。 さらにクレノフは、木材は高貴な素材であり、工芸家の人生の目的は、素材との間に生きた関係を築くことにあると感じていたがゆえに、現代家具工芸が、職業としてあること(プロフェッショナリズム)から、人の生き方の問題へともはや進化しているものと達観していた。そのため、自らの立場も含め、新しいアマチュアリズムの在り方を肯定し、提唱した。それは、未熟さへの言い訳を大目に見ようとする開き直りのアマチュアリズムではなく、自らの信じる価値と愛する仕事ゆえに制作に打ち込む能動的なアマチュアリズムのことであった。そこでは、良し悪しを決める尺度として、可能な限り完全な、統一されたものを目指そうとする、ゆるぎない誠実さ (integrity) が要求され、もはや需要と供給の均衡による市場原理には意味がなくなる。制作の中に入り込み、競争社会(実社会)からも遠ざかることになる。 これは、作り手の側に常に強い信念と意欲があれば有効な原理ではある。あるいは、家具工芸が芸術表現であるならば。しかし、家具作りである限り、実際に人の生活に資するものを作り、対価を得るのであるから、規模が小さいといえども、依然として需要に応えて物を作るという社会的生産活動の一つであることに変わりはない。その意味ではクレノフも、非常に零細な規模ではあっても、プロフェッショナルの内に数えられてしまう。そして、ゆるぎない誠実さに満ちた行為であっても、そこに客観性を保証するものはない。このアマチュアリズム論自体は矛盾を孕んでいた。 ところがクレノフを取り巻く状況は思わぬ方向に進展した。手応えを確かめながら行きつ戻りつ漸進するその制作の在り方、そしてその生き方が、一般社会での仕事の取り組み方、人の生き方の問題にも通底する形で、人が仕事をするとは本来どういうことなのか、人生とは何なのか、その意味を問うことに直結したからである。単なる家具作りの技術論を超えて、聞く者に対してクレノフは、「自分の仕事で不幸になるな。自分の生きたい人生を生きろ」とのメッセージを繰り返した。人が仕事をする意味は、本来仕事の中身(プロセス)そのものにあるべきだからである。それが理想の人生だからである。その単純明快で肯定的な呼びかけが、正義なきベトナム戦争の時代に、新たな生き方を模索するアメリカの若い世代の間で共感を呼び、広範な支持を得ることになった。結局のところクレノフのアマチュアリズム論にも捨てがたい一抹の真理があり、家具作りを通じての幸福論として受け止められ、そのメッセージは生きることへの励ましとして作用した。 さらにクレノフの言動には、至高への理想のみを肯定する排他性ではなく、取り組む人の意欲と技術の水準に応じて、その人を生かす道があるはずだという可能性を予感させる度量があった。「人が違えば、道も違う」と。これは、自身のアウトサイダーとしての人生観に裏打ちされた言動でもあった。放浪の半生でもあったため、現代家具制作の潮流とは無縁の世界に創作意欲のルーツがあった。その結果、木材への近しさと関わり方の深さを感じさせる作品の魅力とも相俟って、一般の人々を家具工芸の道へといざなうことにもなり、今日に至るアメリカの、非産業分野での家具工芸の隆盛に貢献した。
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