物語の起源
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室町時代の1407年(応永14年)に玄棟によって成立した説話集の『三国伝記』には三湖伝説の元になったと思われる説話が記録されている。巻12第12話は次のような話である。 中頃、播州書写山の辺りに、釈難蔵という法華の持者がいた。参詣すでに30度という熱心な熊野権現の信者だったが、生きながら弥勒の出生に会いたいと願い、3年間参籠して祈ったところ、千日目の夜「ただちに関東に下向して、常陸と出羽との境にある言両の山に住むならば、弥勒の下生に値遇できるであろう」との夢告があった。さっそくその山に行くと、頂には円形で底知れない深さの池があった。その畔で『法華経』を読誦していると、年のころ18、9の女性が毎日現れて聴聞する。難蔵が不思議に思っていると、女は「私の住処に来て衆生のために法華を読誦して欲しい」という。難蔵が「私はここで弥勒の出生を待っているのだから、よそには行けない」と断ると、女は「私はこの池の主の竜女です。竜は一生の間に千仏の出生に会うほど長命な生き物、私と夫婦になって弥勒の下生を待ってはいかが」という。難蔵はなるほどと思案をめぐらし、女とともに池に住むことにした。ある日、女がいうには「この山の三里西にある奴可の山の池にいる八頭の大蛇が私を妻にしていて、1月の上15日は奴可の池に住み、下15日はこの池に来るので、もうやってくる頃です」と。難蔵は少しも怯まず、『法華経』8巻を頭上に置いた。すると、難蔵の姿はたちまち九頭竜と変じ、八頭の大蛇と食い合うこと七日七夜、ついに八頭の大蛇が負けて大海に入ろうとしたが、大きな松が生じて邪魔をしたため、威勢も尽きて小身となり、もとの奴可の池に入った。いまでも言両の池の側で耳を澄ますと、波の下に読経の声が聞こえるという。 「中頃」とは、そう遠くない昔のことで、「釈難蔵」は「南祖坊」に相当し、「八頭の大蛇」は「八郎太郎」に相当する。「言両の山」は常陸と出羽の境にあるというが、常陸と出羽は境を接していない。菅江真澄は『いはてのやま』で、盛岡の永福寺の僧侶南層が八郎太郎を追い出して主になった伝説を記しているが、「しかはあれど」と続いて『三国伝記』のこの話を詳述している。しかし真澄も言両の山の位置関係には納得できず、言両の山は「陸奥の国と出羽の国の境」にあったと書き換えた上で、陸奥と常陸を書き間違っていると念を押し、言両の山は十和田湖、奴可は「八ツ耕田」(八甲田)ではないかと推定している。後に真澄は秋田を漫遊した後で十和田湖に実際に行った時の記録『十曲湖』では「言両」を削除し「奴可」は「齶田」(秋田)の湖と書き改めている。この結果、最初の湖は名前を語らないことでかえって十和田湖であることと、後の湖は八郎潟であるとの考えを明確にしている。
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物語の起源
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ハバートはOT IIIを1966年の暮れから1967年はじめにかけて北アフリカで書いた。彼はサイエントロジーの私有海軍(ザ・「シー・オーグ」)の最初の船、「エンチャンター」に乗り込むため、ラス・パルマス県に向かっている道中だった(OT III には「1967年12月に、私は飛込みをしなければいけないものを知っていた」との記述があるが、この文章はこの記述よりずっと前に公表された)。後になって彼はOT IIIは彼自身による発見だと強調した。 サイエントロジーの批判者は他の要因が文章に働きかけていると主張してきた。彼の妻メアリー・スーへのあるとき、ある手紙の中で、ハバードは彼の研究を支持するため、酒を飲み、覚せい剤を飲み、LSDを飲んでいるといった(「僕はたっぷりのラム酒と、目玉の飛び出るようなLSDと、他にもいろんな酒をやっているよ」)。彼の当時のアシスタント、ヴァージニア・ダウンズバーロウは彼女は後に習慣となった彼の薬物摂取をやめさせて、引き離さなければならなかったと述べている。『素顔の救世主(原題:Bare-faced Messiah)』を書いたラッセル・ミラーは、ハバードにとって衰弱した状態で発見されることは重要なことで、それはOT IIIを"差し迫った重要性の研究成果"として提示するためだと推測した。 ジヌーの要素はサイエントロジーにOT IIIよりも前から現れていた。ハバードの地球外紛争の描写はずっと前、1950年の『Have You Lived Before This Life?(この人生、生きていませんでしたか?)』に著されている。そしてそれらの記述は、前世で他の星で生きていたと報告する信者から熱心に励まされていた。
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