治安の影響
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「東アフリカ大旱魃 (2011年)」の記事における「治安の影響」の解説
詳細は「en:War in Somalia (2009–)」を参照 2011年7月13日、アメリカ合衆国国際開発庁の長官ラジブ・シャー(英語版)は、旱魃により地域の治安が悪化することを懸念している。シャーは、これがアメリカ合衆国国防長官のレオン・パネッタの言うところのテロに対する安全保障上の重要な要素となっており、この地域の食糧不足がアメリカの安全に大きく影響する可能性があると語っている。地元の一般住民も少なくなった資源を争い、ケニアだけで100人以上の遊牧民が死亡している。 2011年7月4日、ソマリア暫定連邦政府のアブディウェリ・モハメド・アリ首相はソマリア南部の旱魃対策として、対策委員会を作っている。 一方、ソマリア南部では2007年以降、イスラーム武装勢力アル・シャバブとソマリア暫定連邦政府が戦闘を続けており、これが現地での人道支援の障害となっている。アル・シャバブは2011年7月まで、先進国の援助の多くを受け入れ拒絶しており、拍車をかけていた。国連は2011年7月、イスラーム武装勢力支配地域で援助受け入れのための滑走路を確保すべく、アル・シャバブと対話を継続中であると述べている。国連の国際連合世界食糧計画 (WFP) は2008年からソマリア南部のブアレに拠点を置いて活動を行っていたが、アル・シャバブの干渉により、2010年1月に撤退している。 2011年7月上旬、アル・シャバブは食糧支援を受け入れると表明した。ただし7月22日、アル・シャバブ報道官のシェイハ・アリ・デレは「我々は援助を受け入れるが、それには支援団体が他の目的を持っていないことが条件だ」と述べている。具体的には、スパイ活動を働く機関と、政治的要求を突き付ける国連機関の2種類に属する機関は受け入れられないとした。アリ・デレは近隣諸国で食糧援助をする機関を非難し、「彼らはキリスト教を布教するために貧困な人々を食糧で誘っているのだ」と述べている。イギリスのイスラーム系支援団体の代表ハッサン・リーバンが交渉に赴いたところ、アル・シャバブは「自らの目が届かないような活動を現地で長期的に行われるのは問題であり、食糧を供給してくれればそれでいいのだ」と語り、支援団体の受け入れに熱心でなかった。 7月20日、国連はソマリア南部の2地域に対し、飢饉の発生を公式に宣言した。アル・シャバブは、この宣言に反発し、援助の受け入れ表明を撤回している。7月下旬には支援団体の職員が誘拐され、殺される事件が発生している。7月26日、BBCの特派員アンドリュー・ハーディングは支援が進まない原因について「1に悪いのはアメリカで、ソマリアについて海賊と石油以外に関心が無さすぎ。2に悪いのはアメリカとの協力が強すぎてアル・シャバブ支配地域で活動できないWFP、3に悪いのは飢餓に対応する能力に欠けるソマリア暫定連邦政府、4に悪いのは支援団体の職員を殺し外国の援助を拒否するアル・シャバブである」と述べている。 7月28日、それまで首都モガディシュは一部を除いてアル・シャバブの支配下にあったが、アフリカ連合の平和維持軍がモガディシュ北部のアル・シャバブに攻撃を開始し、重要拠点を奪った。これにより、首都周辺の国際援助が容易になった。 8月6日にロイターは、アル・シャバブは車両を放棄したまま拠点バイドアまで撤退し、ソマリア暫定連邦政府とAMISOM(英語版)の連合軍が首都モガディシュ全域を回復したと報告した。アル・シャバブの報道官シェイハ・アリ・モハムド・ラーゲは、あくまでも戦術的一時退却であると述べているが、ロイターはアル・シャバブ内部で分裂が起こった可能性もあると報じている。 8月13日、首相のアリは国連当局と相談の上、首都モガディシュに300人の治安部隊を創設すると発表した。国連はこの週の始め、支援物資が届いているのは必要としている地域の20%に過ぎないと発表していた。新しい部隊の任務は、アフリカ連合の平和維持軍の支援を受けながら、援助物資と輸送部隊、および国内避難民キャンプを守り、さらには首都モガディシュの治安を守ることとされている。 8月16日、ヒューマン・ライツ・ウォッチのニーラ・ゴシャールはロイターに対し、政府軍兵士が市民から物資を略奪しているとの情報を得たと述べている。一方、ボイス・オブ・アメリカの記者は、政府軍の軍服を着た男が配給食糧を盗もうとしていたため、警備隊が発砲したと述べている。ソマリア政府軍の司令官アブディカリム・デンゴバダンは、自分の部下は略奪に関わっていないと述べている。ただし、国連によれば、首都モガディシュの治安はアル・シャバブ支配時期に比べれば改善しており、現地での救援活動の規模を拡大できたと述べている。
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