正田篠枝とは? わかりやすく解説

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正田篠枝

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/01 21:00 UTC 版)

正田 篠枝(しょうだ しのえ、1910年明治43年〉12月22日 - 1965年昭和40年〉6月15日)は、日本歌人平和運動家。本名は正田シノエ[2]広島県安芸郡江田島村字秋月(後の江田島市)出身。広島市への原子爆弾投下による被爆者の1人。被爆経験を詠んだ多数の短歌により「原爆歌人」として知られており、中でも原爆批判に対する厳しい統制下で出版された歌集『さんげ』が、原爆文献中でも随一の稀覯本として知られている。弟に経済学者の正田誠一、又従兄弟に作家小久保均がいる[3]


注釈

  1. ^ 杉浦翠子主催による歌誌『短歌至上主義』が戦時中の物資不足などのために廃刊された後、杉浦が当時の疎開先である長野県軽井沢町謄写版で自作していた歌誌[7]
  2. ^ 後に下宿に転業[20]1983年に取り壊されており、現存していない[21]
  3. ^ 水田 1983, p. 187より引用。
  4. ^ a b 梅原 2010, p. 34より引用。
  5. ^ 月尾 1968, p. 95より引用。
  6. ^ ただし実際には、被爆後の広島を追い続けた写真家・佐々木雄一郎による写真集『写真記録ヒロシマ25年[67]』に、1945年(昭和20年)に撮影された原爆ドームの写真が収められている[68]
  7. ^ 桜井 2005, p. 134より引用。
  8. ^ 水田 1983, p. 186より引用。

出典

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  5. ^ 広島女性史研究会 1998, p. 112
  6. ^ a b c d e f g 広島女性史研究会 1998, pp. 114–115
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  84. ^ 水田 1983, p. 167


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