戦前までの生涯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/18 22:12 UTC 版)
1910年(明治43年)に誕生。1920年(大正9年)に広島市に転居。広島市大手町小学校卒業後、旧制安芸高等女学校(後の安芸学園安芸女子高等学校、さらに後に廃校)に編入。浄土真宗が盛んな広島において、同学校は真宗安芸婦人会が母体となって設立されており、後に篠枝の詠む歌に仏教思想を背景とした語句が多く用いられるなど、彼女の人生観に大きな影響を与えた。 学校卒業後は父の仕事を手伝う傍ら、1929年(昭和4年)頃より短歌誌『短歌至上主義』『香蘭』に投稿を始め、『短歌至上主義』主宰者である杉浦翠子らに師事した。1931年(昭和6年)に結婚して一子をもうけるが、1940年(昭和15年)に夫と死別した。
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