播州葡萄園跡とは? わかりやすく解説

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播州葡萄園跡

名称: 播州葡萄園跡
ふりがな ばんしゅうぶどうえんあと
種別 史跡
種別2:
都道府県 兵庫県
市区町村 加古郡稲美町
管理団体
指定年月日 2006.01.26(平成18.01.26)
指定基準 史4,史6
特別指定年月日
追加指定年月日
解説文: 播州葡萄園跡は、明治13年(1880)、明治政府殖産興業政策一環として葡萄栽培醸造試験目的として開設した官営施設であり、加古川明石川挟まれ印南野台地中央平坦部に位置する近代農法導入図ろうした明治政府は、葡萄栽培醸造適した温暖乾燥の地として30町2反余の土地選定植え付け管理事務所である園舎や、葡萄実験栽培用のガラス温室醸造場等の諸施設建設していった。明治17年には1,005貫の収穫から6石の葡萄酒生産し年末段階葡萄111305本を数えたが、明治18年には葡萄害虫フィロキセラ発生天候不順もあって収穫200貫、葡萄酒生産量1.5石にとどまった明治19年官業払い下げ一環として播州葡萄園経営前田正名委嘱され明治21年同人払い下げられ明治20年代後半廃園となった稲美町教育委員会発掘調査によって、醸造建物跡ガラス温室建物跡2棟、礫敷き暗渠排水溝等が見つかり、未開栓を含むワインボトル陶磁器金属類等の遺物出土した明治政府殖産興業政策様相を知る上で重要である。

播州葡萄園

(播州葡萄園跡 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/28 07:48 UTC 版)

播州葡萄園(ばんしゅうぶどうえん)は、明治時代1880年(明治13年)から1896年(明治29年)まで、兵庫県加古郡印南新村(現・加古郡稲美町印南)にあった国営のブドウ園およびワイナリー。跡地は、播州葡萄園跡の名称で国の史跡に指定されている[1]座標: 北緯34度44分37.5秒 東経134度56分53.6秒 / 北緯34.743750度 東経134.948222度 / 34.743750; 134.948222


  1. ^ 国指定文化財等データベース(播州葡萄園跡)”. 文化庁. 2019年2月28日閲覧。
  2. ^ 播州葡萄園歴史の館”. 稲美町 (2011年4月1日). 2013年4月5日閲覧。
  3. ^ 播州葡萄園、前田正名に払い下げ『新聞集成明治編年史. 第七卷』 (林泉社, 1940)
  4. ^ 国史跡播州葡萄園跡 360.35平方メートルを追加指定”. 稲美町 (2011年4月1日). 2019年2月28日閲覧。
  5. ^ 播州葡萄園跡が経済産業省の「近代化産業遺産群」に認定されました”. 2013年4月5日閲覧。
  6. ^ 温室ぶどうの栽培のあゆみ”. 2013年4月13日閲覧。津高地区偉人探訪”. 岡山市北区. 2013年4月13日閲覧。


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