布目象嵌(ぬもめぞうがん)
布目象嵌
名称: | 布目象嵌 |
ふりがな: | ぬのめぞうがん |
芸能工芸区分: | 工芸技術 |
種別: | 金工 |
選択年月日: | 1957.03.30(昭和32.03.30) |
選択要件: | |
備考: | |
解説文: | 布目【ぬのめ】象嵌の歴史には不分明な点が多いが、広域にわたる長い歩みのあったことは充分想像される。中国では元代の技法が知られ、わが国では正倉院蔵刀子への応用が有名である。その後の用例については、桃山期を降るまで形跡がない。布目象嵌は、元来正阿弥派の得意とする技法であるが、現代との脈絡は、刀匠であり金工であった埋忠明寿の加飾例あたりに端を発する。以来、技法の消長は、刀装技法の一環として、日本刀の進転とともにある。地金(地板)の表面を削り、他種の金属(文金)を打込み、文様・銘を表現する彫金の技法を象嵌という。特に地板の表を布目、鑢目風に切って裂地とし、薄い金、銀を押し着けながら、張ってゆく手法を布目象嵌と呼んでいる。 |
漆芸: | 飛騨春慶 |
金工: | 加賀象嵌 南部茶の湯釜南部鉄瓶 布目象嵌 流込象嵌及び鑞付け透入り鉄袋打 燕の鎚起銅器の製作技術 秋田銀線細工 |
布目象嵌
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/23 00:05 UTC 版)
布目象嵌とは、象嵌の中でも、鉄地など金属の表面に多方向から細い切れ目を入れ、切れ目の谷部に金銀等を打ち込む象嵌技法を特に言い、京都で繁栄したことから「京象嵌」とも呼ばれる。鉄砲伝来時に持ち込まれたポルトガルの鉄砲に装飾がなされていたことから、鉄地への金銀装飾が武器・武具へ広く応用され流行した。江戸時代には埋忠、正阿弥など武具職人が優れた象嵌を生んだが、1876年の廃刀令により需要がなくなったため、政府の指導のもと、新たに美術装飾品や装飾小物を手掛けるようになった。1878年のパリ万国博覧会へ正式出展したのを機に、ジャポニズムに沸くヨーロッパで高く評価され広く輸出され外貨を稼いだ。明治期の代表的な職人のひとり駒井音二郎(1842 - 1917)は、Komai と呼ばれて人気ブランドとなった。代表作には富山県高岡市の個人コレクターが所有する登録美術品指定第5号の鉄地金銀象嵌人物図大飾皿やロンドンのハリリ・コレクション所蔵のいくつかがあるが、海外への輸出用に制作されていたため日本に現存する駒井の良品は非常に数少ない。
※この「布目象嵌」の解説は、「象嵌」の解説の一部です。
「布目象嵌」を含む「象嵌」の記事については、「象嵌」の概要を参照ください。
布目象嵌と同じ種類の言葉
- 布目象嵌のページへのリンク