世子時代とは? わかりやすく解説

世子時代

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/07 09:25 UTC 版)

相良晴広」の記事における「世子時代」の解説

永正10年1513年)、上村頼興長男、籐五郎頼重として上村城(麓城)で生まれた上村氏は相良氏初代当主相良長頼の四男の頼を祖とする分家であったが、曽祖父上村直頼の室は第12代当主為続の姉で、さらに祖父上村頼廉は為続の三男が直頼の養子となったもので、母は直頼の弟上村長国の娘であった実父頼興と、養父義滋(長唯)およびその異母弟(長祗、長隆)とは、従兄弟の関係にあたる。 大永4年1524年)に相良長定犬童長広謀反起こし第14代当主長祗を放逐して家督奪い大永6年1526年)、瑞堅(長隆)が兵を起してこの長定と長広追放したが、相良氏家臣団還俗した長隆家督相続容認せず、第13代当主長毎の庶長子長唯(義滋)を推戴して、さらに内紛続いた前述のように宗家匹敵する家柄を持つ上村氏は、家中大きな影響力持っていたが、当主の頼興は相良宗家兄弟爭いに対して中立立場をとって、長唯の先陣要請拒否していた。しかし、長唯は戦略上重要な上村城を味方につけるために、(自分後継者となる男子がいなかったこともあって)頼興の長男頼重相良宗家養嗣子として迎えるという条件で、頼興の協力取り付け、弟長隆討ち果たした享禄3年1530年)、約束守った長唯は頼重養子とし、18歳頼重は名を「長為」と改め宗家世子となった天文4年1536年4月8日、頼興は、長為の将来案じて家中信頼の厚い実弟の長種を暗殺させた。また同年5月18日、頼興は、名和氏伯耆氏とも言う)に使者遣わして名和武顕の娘と長為との政略結婚をまとめた。これは翌年12月22日入輿の儀となった。なお、これより少し前の同年11月22日、長為は洞然(外祖父上村長国の号)に教え請い相良家事績家督継承としての心得等を記した『洞然長状』を送られている。 天文6年1538年12月14日、長為は名を「為清」と再び改めた天文7年1538年4月13日薩摩守島津貴久佐敷来て、長唯・為清親子の饗応受けた。貴久は伊作家相州家から島津勝久養子となって島津宗家奥州家)を継いだが、薩州家島津実久がこれに反対して乱を起こしていた。相良氏勢力範囲はこの実久勢力範囲背後(北)に位置するため、協力要請したものと思われる実久天草郡天草尚種とも争乱起しており、義滋が間に入って調停している。 天文11年1542年6月15日、為清は正室名和氏伯耆氏)と離縁した理由などはわかっていないが、名和氏との盟約三家同盟)は破れ天文12年1543年1月26日名和勢が小川侵攻し相良勢も兵を出して交戦して高山でこれを撃退した。しかし阿蘇惟前堅志田城追われ八代逃れた相良氏名和氏阿蘇氏は、阿蘇氏同盟相手阿蘇惟前から阿蘇惟豊代えて天文14年に再び和睦した天文14年1545年11月27日大内氏仲介により、大外記大宮伊治勅使および室町幕府将軍使者として八代来航12月2日勅使は長唯を従五位下宮内大輔を、為清を従五位下右兵衛佐それぞれ叙した。またこの時、勅使から将軍足利義晴から一字拝領許された旨も告げられ、長唯は「義」の字を与えられて義滋と、為清(長為)は「晴」の字与えられて「晴広」とそれぞれ称することになった。この任官背景として、宮内大輔については相良家由緒ある官途であり、右兵衛佐については任官仲介をした大内氏による、大友氏対策としての意図があるとされている。 天文15年1546年8月3日、義滋は隠居して家督を晴広に譲った相良氏長く内紛苦しんだ教訓から、義滋は家督相続事実内外広く伝聞して、周知徹底させた。同月25日、義滋は遺書残して他界した。また同年10月20日祖父上村長国死去した

※この「世子時代」の解説は、「相良晴広」の解説の一部です。
「世子時代」を含む「相良晴広」の記事については、「相良晴広」の概要を参照ください。

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