不確かな状況での選択
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/26 14:58 UTC 版)
この領域が決定理論の中心となっている。今では期待値と呼ばれている概念は17世紀に知られるようになった。ブレーズ・パスカルは1670年に発行された『パンセ』の中でこの概念を使い、有名な賭けの話を書いている(後述)。期待値の考え方は、採るべき行動がいくつかあるとき、それぞれの行動で得られる価値とそれが得られる確率が異なるため、合理的に意思決定するにはそれらの価値と確率を正確に見積もり、掛け合わせることでその行動をとったときの期待値が得られるというものである。採るべき行動は最も期待値の高い行動である。1738年、ダニエル・ベルヌーイは有名な論文 Exposition of a New Theory on the Measurement of Risk(リスクの測定に関する新しい理論)を発表した。この中で彼はサンクトペテルブルクのパラドックスを使い、期待値理論は規範的に間違いであることを示した。彼はまた、アムステルダムからサンクトペテルブルクまで冬に貨物を運ぶ際、5%の確率でその貨物が行方不明になるとしたとき、商人はどうやって貨物を運ぶか否かを決めるのかという例を挙げている。彼の答えは効用を定義し、期待値ではなく期待効用を計算するというものだった。 パスカルの賭けは不確かな状況での選択の典型例である。ブレーズ・パスカルが考えたのは、神はいるのかいないのかという不確かさである。なすべき意思決定は、神を信じるか否かである。もし神が実在するなら、神を信じることで得られる報酬は無限である。したがって、神が実在する確率がどんなに小さくても、神を信じた場合の期待値は不信心の場合の期待値を超えている。ということで、パスカルは神を信じるほうがよいと結論付けた。当然ながら、この主張には批判がある。 20世紀になると、エイブラハム・ウォールドが1939年の論文で、当時の統計理論での2つの中心的課題を明らかにした。その2つは仮説検定と統計的推定理論と呼ばれ、より広範囲な概念である決定問題の特殊ケースとみなされていた。この論文では、現代決定理論の精神的展望の多くをもたらした。例えば、ロス関数(英語版)、リスク関数、事前確率、admissible 決定則、ベイズ決定則、ミニマックス決定則などである。「決定理論 (decision theory)」という言葉は、1950年にE. L. Lehmannが使ったのが起源である。[要出典] フランク・ラムゼイ、ブルーノ・デ・フィネッティ、レオナード・ジミー・サヴェッジ(英語版)らの業績によって主観確率理論が生まれ、期待効用理論は主観確率しか利用できない状況にも応用できるようになった。当時経済学では、人間は合理的に行動するエージェントであるという見方が一般的で、期待効用理論はリスク状況下にある実際の人間の意思決定を表していると見なされていた。しかし、モーリス・アレとダニエル・エルズバーグの研究によってそうではないことが明らかとなった。ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーのプロスペクト理論によって確立された行動経済学においては、実験と観察を重視することでより現実的な立場をとるようになった。実際の人間の意思決定では、「利得より損失が大きく感じられ」、人間は効用状態そのものよりも効用状態の変化に注意を払う傾向があり、主観確率の推定はアンカリングによって大きく偏ったものとなっていることが強調されるようになった。 行動経済学で示されたような現実的な人間の意思決定の特徴は、既存の理論における模範的正しさとは程遠い。しかしこれらは人という生物が長年かけて獲得してきたものであり、安易に非合理的であると断定することはできない。むしろ、現在のところ意思決定について分かっていること非常に限定的である。人の意思決定の生理的なメカニズムの全容は依然として不明であり、主体的な意思決定能力を持つ人工知能は未だ完成に至らない。今後のこれらの研究成果によっては、既存の理論の合理性が揺らぐ可能性もある。そこで、経済学に脳神経学の知見を取り入れた神経経済学のように、学際的な研究が広まりつつある。また、事例ベース意思決定論のように、期待値の研究に端を発するそれまでの理論とは異なる観点も考案されてきている。 Castagnoli and LiCalzi (1996)や Bordley and LiCalzi (2000)といった最近の研究で、期待効用の最大化は、意思決定の不確かな結果が不確かなベンチマークよりも好ましいものである確率に等しいことを数学的に示した(例えば、投資信託の戦略が S&P 500 よりも優れた成果を示す確率、またはある企業が競合他社に将来的に勝つ確率など)。この再解釈は、個人には選択時の状況によって変化するあいまいな要求水準があるとする心理学の研究成果(Lopes and Oden)が背景にある。その後、効用から個人の不確かな参照点へと研究の中心が移っていった。
※この「不確かな状況での選択」の解説は、「決定理論」の解説の一部です。
「不確かな状況での選択」を含む「決定理論」の記事については、「決定理論」の概要を参照ください。
- 不確かな状況での選択のページへのリンク