ヒトキメラ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/28 02:15 UTC 版)
多くは血液キメラである。双生児の胚はしばしば胎盤における血液供給を共有しているため、血液幹細胞がもう一方の胚へ移動可能で、移動した血液幹細胞が骨髄に定着した場合、持続的に血液細胞を供給するようになり血液キメラが作られる。二卵性双生児のペアの8%ほどは血液キメラである。双生児でない場合の血液キメラも知られているが、これは妊娠初期に双生児の一方が死亡し、生存している方に吸収されて血液キメラが生じたと考えられている。 初めてヒトのキメラは、イギリスの血液型学者アイヴァー・ダンスフォードが1953年3月に発見した。ある女性が供血のために血液検査を受けた所、抗B型血清では凝集なし、抗A型血清では不完全な凝集が起きた。通常ならA型と判定されるが、顕微鏡で見ると凝集そのものが弱いのではなく「凝集する血球」と「凝集しない血球」が混在していた。さらによく調べたところA型血球とO型血球が混ざっていた。A型遺伝子はO型遺伝子に対し優性遺伝するので、仮に両方の遺伝子を持っていても普通のA型であり、このようなことにはならない。これだけなら輸血を受けた人でも見られたがこの女性は一切輸血を受けた経験がない事、並びに1か月の間隔を開けてA型とO型の比率を調べたがA39%:O61%のまま変化がなかったことから、女性の体内で2種類の血球が両方作られていることが示唆された。ABO式以外の方式による血液型を調べたところ以下のようになった。 血球の種類MNSs式血液型P式血液型Rh式血液型ルセラン式血液型ケル式血液型ルイス式血液型ダフィー式血液型キッド式血液型A型血球(39%)MNSs型 P+型 CDeF/CDeF型 Lu(a-)型 Kk型 Le(a-b+)型 Fy(a+)型 Jk(a-b+)型 O型血球(61%)MNSs型 P+型 CDeF/CDeF型 Lu(a-)型 kk型 Le(a-b+)型 Fy(a+)型 Jk(a+b+)型 (これらの違いについては「血液型」のページを参照。現在ではルセラン型とダフィ型はAとBそれぞれの抗体で調べるが、ルセランのB抗体は1956年発見のため当時は知られておらず、ダフィー式はB抗体発見が1951年と間もないため、1953年当時は両方A抗体の反応の有無のみで行っていた。) 一か所だけなら体細胞の突然変異(上記の「モザイク」に当たる)とも考えられる。しかし、ABO・ケル・キッドの血液型はいずれも遺伝子の位置が異なるので3か所も同時に突然変異が起きる必要があり考えにくい事、さらに1945年に牛の血液キメラの報告があり、この時点で「牛の双子は血球の元になる細胞が血管の吻合を通じて双子の相手に流れ込む現象が起きる」という説がまとまっていたことから、この女性に対しても同様の仕組みを疑い双子の存在を尋ねたところ、彼女は双子で生まれ相方は男児だったことから二卵性双生児であることは確実だった。この男児は生後3か月で死亡していたため血液型を確認することができなかった。なお、唾液による血液型鑑定はO型と出たため、彼女自身の血球はO型でA型が相方のものの可能性が高いとされた。また、ウシの雌雄双子の血液キメラの場合フリーマーチンといって雌がほぼ確実に不妊になる。 その後、1957年6月に両方生存している二卵性の双子のキメラが発見され、女性の方はO型99%・A型1%、男性の方はA型86%・O型14%の血球を持ち、それぞれの血球はABO式に加えMNSs式・Rh式・ダフィー式・キッド式の血液型が異なっていた。唾液による確認では女性がO型・男性がA型だった。また白血球にもキメラが確認され、女性側は不明だが男性側に「ドラムスティック」という、通常は女性白血球に数%ほど見られる突起が確認された。なお、必ずしも血液キメラはお互いに血液が混じり合うとは限らず、日本では東大付属中学のふたご学級による調査で、女子はO型69%・A型31%のキメラだが、男子はA型100%でキメラなしというケースが1956年に岡島道夫によって発見されている。 2つの受精卵が子宮内で融合して1つの胚となった場合に作られる真のヒトキメラは1994年のイギリスで生まれた少年の例などわずかしか知られていない。なお、この少年は体外受精で生まれている。
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