ダムの施工
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/09 01:35 UTC 版)
目屋ダム直下流60メートルという至近距離に建設される津軽ダムではあるが、完成までの間は目屋ダムは通常のダム機能を発揮している。このため目屋ダムの機能を維持しながらダム本体の工事を行わなければならない。しかしダム本体工事の第一段階である基礎岩盤の掘削を行うため、ダムサイトから川の流れを迂回させるために不可欠な設備である仮排水路については、すぐ上流に目屋ダムがあることからバイパストンネルをダム横の山に掘って流れを下流に迂回させる一般的な方法は物理的に不可能であった。特に目屋ダムは融雪期の3月末から6月に掛けてと、台風や大雨が多い夏季に放流するため、目屋ダムの放流水を適切に処理しながら工事を進める必要があったため、津軽ダムに関してはダム本体に仮排水路を設ける方針とし、半川締切方式でダム基礎岩盤の掘削と仮排水路工事を行うことにした。 津軽ダムで採用された半川締切方式の手順であるが、まずダム右岸に河水を流しこの間に流水が無くなった左岸部分の掘削を行い本体コンクリートを打設する。同時にダム本体下部に仮排水路を設ける工事を行い、完成した段階で右岸を流れていた河水を左岸に付け替える。以後河水は左岸の仮排水路を通って下流に流れ、今度は流れが無くなった右岸部の岩盤を掘削して本体コンクリートを打設し、右岸にも仮排水路を設ける。左右両岸の仮排水路が完成し、適切な河水の流下が可能となった所で本格的にダム本体のコンクリート打設を開始する。半川締切方式は1924年(大正13年)に完成した日本初の高さ50メートル級ダムである大井ダム(岐阜県・木曽川)において初めて採用され、堰や用水路の建設に際し用いられているが津軽ダムと同様の理由で半川締切方式を採用したダムとしては、北海道の夕張川に建設された大夕張ダムの再開発事業として、ダム直下流155メートル地点に2015年完成した夕張シューパロダムなどがある。 ダム本体コンクリート打設に用いられた工法は1972年に山口県の島地川ダム(島地川)で世界最初の施工が行われ、以後大規模コンクリートダムにおける標準的な工法となったRCD工法を採用した。RCDとはRoller Compacted Dam-Concreteのことで、セメントの量を極力少なくした超堅練りコンクリートをブルドーザーでならしてロードローラーで締め固める工法である。機械を大量に投入可能なためコンクリートを大量に打設でき、工期の短縮や工事費を節約できることから島地川ダム以降多くのダムで採用されている。 こうして目屋ダムの機能を維持しながら津軽ダムの本体工事は2007年より進められ、2015年の時点でほぼ本体工事は完了している。本体工事が完了すると仮排水路は閉鎖され、試験的に貯水を行いダム本体や周辺地盤への影響を確認する試験湛水(たんすい)を行い問題が生じなければ試験的に放流を行い、完成となる。なお施工業者は安藤ハザマと西松建設であるが、安藤ハザマは前身の間組時代に目屋ダムの施工業者として建設に関わっている。 ダムの完成により国土交通省の津軽ダム工事事務所の建物は役割を終えたため、改修され、2020年(令和2年)11月30日から西目屋村村役場の新庁舎として利用されている。
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