スナッフフィルム
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スナッフフィルム(Snuff film)は娯楽用途に流通させる目的で行われた実際の殺人の様子を撮影した映像作品を指す俗語[1]。スナッフビデオ、スナッフムービー、殺人フィルム、殺人ビデオ[2]ともいう。
来歴
スナッフとは蝋燭を吹き消す擬音語であり、転じてイギリスでは「殺す」のスラングとなっていた[1]。
スナッフフィルムという言葉が初めて使われたのは、1971年に出版されたエド・サンダーソンが書いたマンソンファミリーを扱った書籍『ファミリー: シャロン・テート殺人事件』である。匿名で取材に応じた元関係者によって、殺人を記録したスナッフフィルムの存在が史上初めて明らかにされ、社会の関心を読び起こした。本の中でサンダーソンは「マンソンファミリーが殺人の様子を撮影したビデオが存在する」旨でインタビューを行っているが、そのインタビュー対象者は実際にはスナッフフィルムを見てはいない[1]。
これをきっかけに、スナッフフィルムは「裏世界では娯楽のために人が殺され、その模様を収めたフィルムがひそかに売買されているらしい」などといった噂とともに知られるようになり、様々な作品の題材に取り上げられている。特に1975年のモンド映画『スナッフ/SNUFF』は実際のスナッフフィルムとの触れ込みで公開されたことで有名である[1]。
殺人をテーマにしたモンド映画・映像の歴史は『キリング・フォー・カルチャー 殺しの映像』(フィルム・アート社・1998年)に詳しい。テレビや監視カメラが捕らえた殺人現場の映像についても、7章の「Death in the Media」にて数々の記録が載っている。
2008年末、「ウクライナ21」と呼ばれる、ウクライナの若者達が男性を拷問の末殺害するホームビデオがインターネット上で出回り、誰でも閲覧が可能となった。これらのビデオでは快楽目的の殺人行為が記録されている。報道では、ドニプロペトロウシクに住む19歳の若者2人が、2007年夏の1ヶ月程度の間に21人を殺害したとされている[3]。男性を殺害する動画の他、死んだネコのとなりでにっこり笑うスナッフもあった。 この「ウクライナ21」は「犯人たちがその後、殺害映像を販売する予定であったとの証言もある」ことから、「有史初のスナッフ・フィルムである[4]」とされる。
記録された殺人
アドルフ・ヒトラーは、自身の暗殺計画を企てた軍事関係者らの絞首刑を撮影させている(7月20日事件#粛清)。絞首には縄ではなく、苦痛が長時間続くピアノ線を用いた。撮影理由は個人的な愉しみのためだというが[5]、鑑賞を拒否したと証言する元側近もおり、終戦までにフィルムの破棄を命じたという。
ドイツの殺人犯アルミン・マイヴェス[6]のように、さまざまな殺人者は殺人の様子をビデオに収めているが、「娯楽用途に流通させる目的」には当てはまらないため厳密な意味でのスナッフフィルムに当たらない。
また、ISISなどの過激派組織は、敵対する国家、組織の人物を誘拐し殺害する様子をビデオで撮影しているが、これも上述する通り「娯楽用途に流通させる目的」には当てはまらないため厳密な意味でのスナッフフィルムではない。
興業目的で動物を殺害する映像を収めた「アニマル・スナッフ」は少なからず実在している。世界最初のアニマル・スナッフは、宣伝映画を作るために撮影させた、象(トプシー)を一瞬で感電死させる映像とされている。
脚注
- ^ a b c d “snopes.com: Snuff Films” (2006年10月31日). 2014年8月19日閲覧。
- ^ 宇佐和通『THE都市伝説』新紀元社、2004年、122-125頁。
- ^ Ilyinskaya, Marina. “Dnepropetrovsk Maniacs hear verdict” (Russian). blik.ua. 2011年10月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月19日閲覧。
- ^ 福田光睦 『放送できない怪事件』(ミリオン出版、2014年)188頁、190頁
- ^ フランス「Kill Hitler! The luck of the devil」(2015年、Sunset Press)
- ^ “German 'cannibal' tells of regret”. BBC. (2003年11月23日) 2014年8月19日閲覧。
関連項目
- 快楽殺人
- 強姦殺人
- モンド映画
- スナッフ/SNUFF
- ハンニバル
- 8mm - 食人族 - グリズリーマン
- イラク日本人青年殺害事件 - イラク韓国人会社員殺害事件 -
- ISILによる日本人拘束事件 - 戦争ポルノ
外部リンク
スナッフ・フィルム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 15:37 UTC 版)
詳細は「スナッフフィルム」を参照 1963年にはスプラッター映画の走りとなった『血の祝祭日』が公開され、これ以降の映画で人体損傷シーンを過激化していくきっかけを作った。日本でもこの頃から、直接的な残酷シーンが登場する『地獄』(1960年)などが制作されている。1975年にはマルキ・ド・サドの鬼畜SM小説『ソドム百二十日あるいは淫蕩学校』を原作とした『ソドムの市』が公開された。これは、金持ちの権力者たちが街で狩ってきた少年・少女たちを囲って、拷問したり食糞したりするという内容の、悪趣味映画の極みであった。1978年にはモンド映画の中でも解剖、処刑、事故、屠殺といった「死」の風景ばかりを扱う、日米合作による『ジャンク』が公開される。 1971年に出版されたマンソン・ファミリーを扱った書籍『ファミリー: シャロン・テート殺人事件』(エド・サンダーソン著)では、匿名で取材に応じた元関係者によって、殺人を記録したスナッフフィルムの存在が史上初めて明らかにされ、社会の関心を読び起こした。これをきっかけに、スナッフフィルムは「裏世界では娯楽のために人が殺され、その模様を収めたフィルムがひそかに売買されているらしい」などといった噂とともに知られるようになり、様々な作品の題材に取り上げられている。特に1975年のモンド映画『スナッフ/SNUFF』は実際のスナッフフィルムとの触れ込みで公開されたことで有名である。また『食人族』(1983年)のように、劇中の映画撮影隊が殺人行為を撮影したり殺されたりする場面をリアルに演出し、さらに誇大宣伝をすることによって本物の殺人映像と思い込ませた例も出現した。日本でも『猟奇エロチカ 肉だるま』などカルト的アダルトビデオが存在する。殺人をテーマにしたモンド映画・映像の歴史は『キリング・フォー・カルチャー 殺しの映像』(フィルム・アート社・1998年)に詳しい。テレビや監視カメラが捕らえた殺人現場の映像についても、7章の「Death in the Media」にて数々の記録が載っている。 しかし、殺人描写があるモンド映画は、あくまでフィクションであり、観客の好奇を誘う目的で制作されたエクスプロイテーション(搾取)作品に過ぎなかった。ところが2008年12月、殺人行為を記録した『ウクライナ21』(Dnepropetrovsk maniacs)と呼ばれるホームビデオがショックサイトに流出し、誰でも閲覧が可能となった。報道では、ドニプロペトロウシクに住む19歳の若者2人組が、2007年夏の約1ヶ月間で21人を快楽目的で殺害したとされている。また「殺害映像は販売する予定であった」との証言もあることから、これは有史初のスナッフフィルムであるとされている。 時期を同じくして閲覧者にトラウマを与えかねない有害なWEBサイト/精神的ブラクラの総称として「検索してはいけない言葉」が日本で定着した。『POSO』『ウクライナ21』『生きたメキシコ』などのグロ動画はその代表格である。現在、まとめWikiに登録されている言葉は2100以上にのぼる。
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