逆さまの世界
『莫切自根金生木(きるなのねからかねのなるき)』(唐来参和) 財産の多さに苦しむ萬々先生は、「3日なりとも貧乏がしたい」と願い、金を減らす工夫をする。しかし、大損をねらって米相場に手を出せば大儲けし、博打をすれば勝ち続け、富くじを買えば皆当たる。泥棒を誘い入れて金銀を盗ませると、あまりの大金に泥棒が手間取るうちに夜が明け、余所で盗んだ金銀まで置いて逃げる。ついに蔵の金銀すべてを海へ捨てるが、世界中の金銀を連れて萬々先生のもとへ飛び戻る。
『孔子縞于時藍染(こうしじまときにあいぞめ)』(山東京伝) 両国に麒麟の見世物が出る聖代、人々は金銀を忌み嫌って、貧者は尊まれ富者は卑しめられる。皆、金の捨て場に困り、「大安売り」ならぬ「大高売り」の店が繁盛し、遊廓では女郎が手練手管で客に大金を押しつける。夜には「追剥がれ」が出没し、自ら真っ裸になって、衣服や金銀を通行人にくくりつけて逃げる。ついには天が人々の徳に感じ、空から小判を降らせる。
『ユートピア』(モア) ユートピア島では、金や銀は鉄よりも下等なものと考えられている。人々は安価な土器やガラスの食器で飲食し、金銀からは、便器や、奴隷をつなぐ鎖が造られる。犯罪者の耳には金の環を下げ、指には金の指輪をはめ、首には金の鎖をまき、頭には金の帯をしばりつける。
『逆まわりの世界』(ディック) 1986年6月、突如、時間逆流現象が始まる。死者は墓から蘇生し、しだいに若くなり、ついには赤ん坊になって子宮の中に消えるようになる。しかしそれは母親の子宮である必要はなく、赤ん坊は、入るべき子宮を探すのだった。やがては歴史上の人物、たとえばベートーベンもよみがえるだろう。そして彼は一生かかって、自分の創り出した名曲を消去していくのだ〔*→〔若返り〕1aの『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻3-18に類似〕。
『列子』「周穆王」第3 世界の果ての古莽の国では、人々は食事もせず着物も着ず眠ってばかりいて、50日に1度目覚める。そして、夢の中で行なったことが本当で、起きている時に見たものは虚妄だと思っている。
『聊斎志異』巻4-132「羅刹海市」 美男の馬驥は海で嵐に遭い羅刹国に漂着する。そこは美醜の基準が人間世界とは逆で、住民は馬驥の顔を見て恐れ逃げた。身分の高い者ほど容貌が醜く、馬驥が煤で張飛の隈取りをして大臣や王に会うと、皆「美しい顔だ」と感嘆した。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版第23巻185ページ 父親となったカツオが煙草片手に、子供の波平とフネを呼んで「勉強やお使いなんか、まあいいから」と言って、千円札を手渡す。波平とフネは「またお小遣い下さるの、お父様」と感謝する。「僕ならそういう親になる」とつぶやくカツオは、今、フネから豆腐3丁のお使いを言いつけられたところだった。
*戦争の勝敗が逆転した仮想世界→〔仮想世界〕2の『高い城の男』(ディック)。
『河童』(芥川龍之介)10 河童の国に滞在する「僕」は、学生のラップが往来の真ん中で両脚をひろげ、上体を倒して股の間から後ろを覗く「股目金(まためがね)」をしているのを見て驚いた。ラップは「あまり憂鬱ですから、逆さまに世の中を眺めてみたのです。けれどもやはり同じことですね」と言った。
『ガリヴァー旅行記』(スウィフト)第4篇 小人国・巨人国・飛ぶ島を訪れた後、4度目の航海に出た「私(ガリヴァー)」は、部下の叛乱に遭い、未知の島に置き去りにされる。そこは、理性と美徳をそなえた馬族フウイヌムが、知性のない邪悪な家畜人間ヤフーを使役する国だった。「私」はヤフーの生態に衝撃を受け、イギリス帰国後、人間との接触を嫌い、2頭の馬を飼って毎日4時間彼らと話をした〔*→〔馬〕10の『御曹子島渡』(御伽草子)では、馬頭人身の馬人間が住む島を義経が訪れる〕。
『猿の惑星』(シャフナー) テーラー隊長らが乗った宇宙船が未知の惑星に不時着するが、そこは高度な知能を持つ猿族が、下等な人間たちを支配する社会だった。猿のジーラ博士は、「人間が進化して猿になった」という学説を立てていた〔*実はそこは、未来の地球だった。核戦争によって人類は壊滅状態になり、生き残った者たちも、退化して原始人同様になってしまったのである〕→〔空間移動〕7。
『吾輩は猫である』(夏目漱石)8 飼い猫である「吾輩」が、昼寝をして虎になった夢を見る。「吾輩」が、主人・苦沙弥先生に鶏肉を命ずると、主人は恐る恐る鶏肉を持って来る。「うー」と唸って迷亭を脅し、「牛肉のロースを取って来い。早くせんと喰い殺すぞ」と言うと、迷亭は駆け出す〔*まもなく夢は覚め、後架から走り出た主人に「吾輩」は横腹を蹴られる〕。
『チャイナ・オレンジの秘密』(クイーン) ホテルの一室で殺された男は、上着・ズボン・ワイシャツなど衣服をすべて後ろ前に着せられていた。室内の家具調度までも、逆向きだった。被害者は首のカラーを後ろ向きにつけるという、カトリックの牧師特有の格好をしていたので、犯人はそれ以外のものも逆向きにして、被害者の職業・身元がわからないように細工したのだった〔*特異なもののまわりを同類のもので囲んで目立たなくする、という点で→〔隠蔽〕5aの『折れた剣』(チェスタトン)と共通する発想〕。
『犬神家の一族』(横溝正史) 犬神佐清(すけきよ)が殺され、その死体が、氷の張った湖の汀に、逆立ちの格好で突き立てられていた。死体を佐清の名前に見立てれば、逆さまだから「よきけす」。上半身は水没していたので「けす」を取り去ると、残るのは「よき」。「よき」=「斧(よき)」で、これは、犬神家の三種の家宝(*→〔三つの宝〕3)の1つである「斧」にまつわる殺人、ということを意味していた〔*実際はその死体は、佐清ではなかった〕。
『諸国百物語』第61話 庄屋が妾と共謀して妻を絞め殺し、2度と家に戻らぬようにと、死体を逆さまにして、足を空に向けた姿で、川向こうに埋めた。妻は逆立ちの幽霊となり、逆立ちのままでは川を渡れないので、通りかかりの侍に頼んで舟で渡してもらう。妻は妾の首をねじ切り、侍に礼を述べて消える。侍はこのことを主君に報告し、主君が川向こうを掘らせると、逆さまに埋めた妻の死骸があった。庄屋は打ち首になった。
*早桶に、死体を上下逆さまに入れる→〔棺〕4bの『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)「発端」。
『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第19歌 地獄の第8圏谷の第3濠には、いくつもの円い穴があった。穴のどの口からも、逆立ちした罪人たちの足がふくらはぎの所まで突き出ており、それより上部は穴に埋まっている。彼らの左右の足の裏には火がついていた。ひときわ赤い炎に舐められ、脚で泣いている男と、「私(ダンテ)」は話をする。彼は法王ニッコロ3世で、聖職売買の罪で罰せられているのだった。
逆柱(さかばしら)(『水木しげるの日本妖怪紀行』) 木の上下を間違えて逆さまに立てた柱は、人が寝静まる夜中に、腹を立ててきしむという。逆柱は、火災や家鳴りなど凶事の原因とされ、大工たちに忌まれた。昔、小田原の商家で祝いごとがあった時、「俺は首が苦しい」と声がした。調べると座敷の柱が逆さになっており、そのため柱が苦しんでいることがわかった。
『みちのくの人形たち』(深沢七郎) 死者の枕元には逆さ屏風を立てる。だが、「私」の訪れた東北地方のある集落では、出産の時に逆さ屏風を立てていた。この集落では、今でも「間引き」が行なわれているのだ。生まれたばかりの嬰児が産声をあげる前、つまり呼吸をしないうちに、産婆が産湯のタライの中に嬰児を入れて、呼吸を止めてしまう。どの家でも1人か2人しか子供を育てず、あとは消してしまうのだという。
『地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)』(落語) 鬼の船頭が、大勢の亡者たちを船に乗せ、三途の川を漕いで行く。鬼は、亡者たちが川へ落ちないように注意を与える。「うろちょろするな。おい、はまったら生きるぞ」〔*この後、4人の亡者が熱湯の釜に入れられ、針の山へ送られ、鬼に呑まれて、『閻魔の失敗』(昔話)と同様の展開になる〕。
*水死した男女が、龍宮の川に身投げしてこの世へもどる→〔影〕2bの『聊斎志異』巻11-420「晩霞」。
*主の祈りを逆さまに唱える→〔扉〕4の『半開きの戸』(イギリス昔話)。
アシモフ( Asimov )⇒ ヴォミーサ( Vomisa ) →〔ロボット〕3cの『ヴォミーサ』(小松左京)。
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