物語要素事典 |
あり得ぬこと
★1.あり得ぬことが起こる。
お菊と小幡の殿様の伝説 小幡の殿様の侍女お菊は、無実の罪で殺された(*→〔針3a〕)。母が悔しがり、「もしお菊が無実だったら、炒り胡麻から芽を出してやる」と言って、炒り胡麻をまいた。すると何本もの芽が出た(群馬県甘楽郡妙義町中里)。
『タンホイザー』(ワーグナー)第3幕 ローマ法王が、「ヴェヌスブルクで快楽に耽った者は、我が持つ杖に新緑の芽が出ぬごとく、永遠に救われない」とタンホイザーに宣告する。タンホイザーは絶望して死ぬが、法王の杖には新緑が芽吹く。
『平家物語』巻5「咸陽宮」 燕の太子丹は、秦国に十二年間捕らわれていた。丹は「故国へ帰り、老母に会いたい」と訴えるが、始皇帝は「馬に角が生え、烏の頭が白くなる時まで待て」とあざ笑う。丹が天地に祈ると、角ある馬が宮中にやって来て、白い頭の烏が庭木に止まる。始皇帝は驚き、丹を燕に帰す。
★2.あり得ぬはず、と安心していたことが意想外の形で現実化する。
『マクベス』(シェイクスピア)第4~5幕 「女が産んだ者にマクベスを倒す力はない」「バーナムの森が動き出さぬ限りマクベスは滅びぬ」との予言を魔女たちから得て、マクベスは身の安全を確信する。しかしイングランドの兵が木の枝をかざして進軍する有様は、森全体が動くごとく見え、月足らずで母の腹を裂いて生まれたマクダフが、マクベスを討った。
★3.あり得ぬことが起こった、との妄想を抱く。
『奇怪な再会』(芥川龍之介) 中国人女性蕙蓮は軍人牧野の妾になるが、愛人金(きん)を忘れることができなかった。易者に「東京が森や林にでもなったら、その人に逢えるかもしれぬ」と言われた蕙蓮は、金の身代わりのようにして飼っていた犬に死なれてから、心を病む。縁日の植木屋の前で、蕙蓮は「とうとう東京も森になったんだねえ」と嬉しそうにつぶやく。
★4.あり得ぬことを想定する。
『ナスレッディン・ホジャ物語』「おお神さま(アッラー)!」 夜の庭に怪しい人影があったので、ホジャは弓で射て、見事に土手っ腹に矢を命中させる。翌朝見ると、人影と見えたのは、洗濯紐に吊るした自分の法衣だった。ホジャはひれ伏して神さまに礼を言い、「これがありがたがらずにおれようか。もし、あの土手っ腹に穴を開けた法衣の中にわしが入っておったら・・・・」と妻に説明する。
★5.あり得ぬもの。
『徒然草』第88段 ある人が、小野道風(894~966)書写の『和漢朗詠集』を秘蔵していた。別の人が、「藤原公任(966~1041)撰の『和漢朗詠集』を小野道風が書写したというのは、時代が矛盾するのではないか」と問うと、その人は「だからこそ世に稀な物なのだ」と答えて、いよいよ珍重した。
★6.あり得ぬ不幸。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第40巻24ページ サザエがトランプ占いをして、「7が三枚そろった。幸運だわ」と喜ぶ。カツオが「じゃあ不幸は?」と聞くと、サザエは「13が五枚そろった時」と答える。「そんなことありっこないじゃないか」と言うカツオに、サザエは真剣な顔で「あってたまるか」と言い返す。