20世紀末からの質的改善
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/16 23:21 UTC 版)
「日本の気動車史」の記事における「20世紀末からの質的改善」の解説
1970年代後半になると、国鉄では初期液体式気動車の10系気動車が老朽化したことで置き換え需要が生じたが、代替車としては当時の激しい労使紛争と国鉄経営の悪化を背景に、重い車体に非力な220 PS機関を搭載した、1950年代の旧型車と大差無い低性能車であるキハ40系が普通列車用気動車として大量増備された。 また、1979年に開発された北海道用の特急形気動車キハ183系も、搭載したDML30HS系エンジンは信頼性優先で出力抑制されており、気動車の性能向上の動きはしばらく停滞した。 富士重工業のLE-CarII(画像は樽見鉄道のハイモ230形) JR四国2000系(世界初の実用振り子式気動車) 日本の気動車が性能向上などの質的改善を本格的に軌道に乗せたのは、1980年代以降になってからのことである。 背景としてはエンジン技術自体の向上が最大の要素であるが、国鉄の経営悪化に伴い改革の動きが生じ、経営・現場の両面で従前の硬直化した体制が打破され、新しい革新的技術の積極的導入が可能となったことが大きい。 また、国鉄改革に際し廃止対象となった赤字路線の第三セクター鉄道転換に伴って各車両メーカーが小型軽量の新型気動車(レールバス)の開発に取り組み、この種の軽量車両での顕著な技術的成果が、より大型の気動車にエンジンも含めてフィードバックされたことも契機となった。1981年以降、富士重工業が「LE-Car」の名称でバス部品を多用した小型気動車を開発し、1984年以降私鉄での営業運転に導入されたほか、新潟鐵工所も簡素な設計の小型気動車を「NDC」の名称で開発、1985年以降私鉄に順次導入された。ことにNDCは国鉄末期に新製されたキハ31形・キハ32形などにも影響を与えたほか、JR各社にもアレンジされる形で導入例が生じている。 これらの体質改善においては、エンジン性能向上のほかにステンレス車体の採用による軽量化、台車の軽量化・空気ばね化による走行性能及び乗り心地の向上、変速機の多段化による効率改善、優等列車用の高速車両での振り子式機構の採用などが定型的に用いられている。この結果、JR各社における一部の強力型気動車については、既に電車と遜色ない性能水準に到達している。 新型気動車の導入は、燃費改善・検修の合理化・ワンマン運転の実現など経営改善策となり、また速度向上や冷房の設置など旅客サービス改善をも実現できた。
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