親達の反撃・偽りの記憶論争
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「解離性同一性障害」の記事における「親達の反撃・偽りの記憶論争」の解説
そうした風潮の中で懐疑的な意見も出てくる。潮目が変わりだしたのが1992年であり、決定的となったのが1997年である。1992年に、FBIが悪魔的儀式虐待の存在についてそんな事実はないと結論を下した。学術誌『解離』の発行元でもあるジョージア州リッジビュー研究所解離障害センターの責任者ギャナウエイ (Ganaway,G.K.) はそれ以前から警鐘を鳴らしていたが、同年の論文で、一般的には「患者とセラピストの間の相互欺瞞だとするのが妥当」、悪魔的儀式虐待における「共通分母はセラピスト自身に他ならない」とした。娘に訴えられた親のなかには身に覚えのない者も多数含まれていた。その親たちはこの暗示や催眠による児童の性的虐待に関しての記憶を虚偽記憶症候群(False Memory Syndrome)と呼び、同年に偽記憶症候群財団 (FMSF:False Memory Syndrome Foundation)も結成される。そして性的虐待の記憶は催眠により引き起こされた医療事故だとした逆訴訟が親の側から始まった。性的虐待の原因は家父長制にあるとして娘達の告発を後押しするラディカル・フェミニズム(精神科医ではジュディス・ハーマンがその急先鋒)対FMSF(心理学者としてはエリザベス・ロフタス (Loftus,E.F.) )の論争は、訴訟を間においた感情的、政治的対立の様相まで呈している。 1996年には元回復記憶療法家もその効果に疑問を抱き始め、教会カウンセラーで博士号をもつポール・シンプソン (Simpson,P.) がその著書「Second Thoughts」で、自ら実施していた回復記憶療法の結果は破壊的であり、それによって症状が回復したクライアントは一人もおらず、逆に「抑圧された記憶を回復」したとたんに例外なく劇的に悪化したと発表し、教会カウンセラー達に速やかに中止すべきと呼びかけた。またワシントン州の「犯罪被害者保証プログラム」の職員の標本調査でもそのことが確認され、ワシントン州の同プログラムは回復記憶療法にたいしては今後は補償金の対象としないと表明。労働産業省に対しても同様の勧告を出す。 1997年の11月には、患者であったバルガス (Burgus) 夫人とその家族に訴えられていたブラウン (Braun,B.G.) とラッシュ・プレズビテリアン・聖ルカ病院の和解金額は1060万ドル(当時の日本円で12億円)という途方もない金額になりメディアの注目を集めた。同じ1997年にパトナムは強い口調で警告している。 「記憶の再構成作業は・・・最大級の注意が必要である。・・・しばしば、内容は現実のものと、想像のものと、恐怖の所産との精神力動的な複雑な混合物である。そしてどれがどうであるかを見分けるちゃんとした法則は存在しない。こういう事件ではないか、こういう体験はしなかったかと暗示するのは絶対に避けるべきである。(パトナム1997,p.373)」 ジュディス・ハーマン (Herman,J.L.) は『父-娘 近親姦』(原著出版、1981年)の邦訳に際し「あれからの20年」という補遺を付け加えている。その中でハーマンは、偽記憶症候群財団 (FMSF) やロフタス (Loftus,E.F.) を激しく攻撃しているが、以下の点は認めている。 「(同書の出版)当時の主な課題は、近親姦の話題を避けるという臨床家の誤りを正すことであり、その反対の間違いについて警告する必要はほとんどなかった。だが近親姦についての認識が増えてきた昨今では、あたかもトラウマの記憶を浮上させさえすれば病気が治るかのごとく、児童期虐待の可能性を積極的に追い求めすぎるきらいのある臨床家も出てきたように思われる。近親姦の問題はあまりにも強烈な感情を引き起こすため、臨床家といえども共感的で受容的な好奇心という専門家としての基本姿勢から、どちらかの方向へ逸脱してしまうのかもしれない。」
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