細菌学的特徴と分類
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/23 05:08 UTC 版)
コレラ菌は、ビブリオ科ビブリオ属に属するグラム陰性菌である。大きさは0.3×2µm程度で、湾曲したコンマ状桿菌の形態を示す。これは、本来ヘリコバクター・ピロリなどと同様にらせん状に伸長する形態が、その回転数が0.5-1回程度であるためにコンマ状に見えるものであると考えられ、このため、らせん菌の一種として分類される場合もある。 ビブリオ科の細菌の特徴として、腸内細菌科と同様、通性嫌気性でブドウ糖を発酵するグラム陰性菌であるが、菌体の一端に1本の鞭毛(極鞭毛)を持つ点で腸内細菌科とは区別される。この極鞭毛によって水中で活発に運動する。Vibrioという属名は、この運動性にちなんでラテン語のvibro(英語の vibration: 振動)から名付けられた。ショ糖を分解する性質や、タンパク質の分解性に基づく「コレラ赤反応」と呼ばれる生化学試験などから、他のビブリオ属の細菌と鑑別される。増殖可能なpHは6-10であるが特にアルカリ性の環境を好む。他の海産性ビブリオと異なり塩化ナトリウムが存在しなくても増殖は可能であるが、0.5%の塩化ナトリウム濃度が増殖に至適の条件である。コレラ菌は比較的抵抗力の弱い菌であり、酸や乾燥、日光、高温に弱く、容易に不活化する。 コレラ菌は、その細胞壁にある外膜のリポ多糖の抗原性(O抗原)によって、2005年現在205種類に分類されている。また鞭毛にも抗原性(H抗原)があるが、H抗原には1つの型しか存在しない。このためコレラ菌はその血清型によって「O1(型)コレラ菌、O2コレラ菌…」と区分される。1991年までは、コレラの原因になるものはO1型だけであったため、これをO1コレラ菌、それ以外(O2以降)を非O1コレラ菌と呼び、前者のみがコレラの原因になるものとして区別されてきた。 O1型については、さらに吸収抗血清によって小川型(Ogawa, AB型)、稲葉型(Inaba, AC型)、彦島型(Hikojima, ABC型)という亜型に分類されている。また生物学的特徴の違いから、古典型(アジア型)とエルトール型という2つの生物型(biovar)に分類されている。エルトール型は当初、溶血性のコレラ菌として分離され、その他にも薬剤感受性や生化学的な特徴で古典型と区別された(なお、溶血性については、その後変異して非溶血性のエルトール型が主流になった)。古典型は後者に比べて毒性が強く典型的な水様性下痢を起こし感染力が高いが、自然界での残存性は比較的悪い。これに対して後者は一般に病原性は前者より低いが、自然界での抵抗性が高く、長期間生残するため流行が長期化しやすいといわれる。 非O1コレラ菌については、O1型と反応する血清と反応しない(抗O1血清に非凝集性)であったことからNAGビブリオ(ナグビブリオ・非凝集性ビブリオ、non-agglutible vibrio)と呼ばれたことがあった。この名称は、これらの菌もO1以外のそれぞれの血清に対しては凝集性であるため適切な分類名ではないという批判からあまり用いられなくなったが、食品衛生の分野など、一部では未だにこの呼び方をする場合がある。 このO1型と非O1型に分類する考えは、1992年にコレラ毒素産生O139型コレラ菌が発生したことによって見直しを迫られているが、分類名称としては未だによく使用されている。 コレラ菌は自然界ではもっぱらヒトの腸内だけで増殖するため、水中などの環境や食品内ではほとんど分裂増殖を行わない。このような環境で、コレラ菌は数日から数週間程度生残可能である(水中なら1日、海水では〜3週間、食品中では室温で1-2日、冷蔵で1週間程度)が、これは細菌が自然環境で生残する期間としては短い部類に属する。ただし、コレラ菌はこのような生存に適さない環境下では、そのストレスによってバイオフィルムを形成する菌に変化(相変異)して、バイオフィルム中で長期の生存を図っていると考えられている。特にエルトール型O1コレラ菌は、古典型に比べてバイオフィルムを形成しやすく、このことがエルトール型による流行が長期化する理由の1つだと考えられている。また、コレラ菌は環境が悪化するとVNCと呼ばれる状態に変化することも知られており、環境中で一見不活化したようにみえてもVNC状態に移行しただけで、何らかの原因によってそこから「蘇生」することがわかっている。これらのことがコレラ流行が終息して患者がいなくなった数年後でも、また再びコレラが流行を起こす理由に関与していると考えられている。 コレラ菌には大小2本の染色体が存在する。これは細菌の中ではビブリオ属だけに見られる例外的な特徴である。以前はすべての細菌について染色体数は1つだと考えられていたが、同じビブリオ属の腸炎ビブリオが2本の染色体を持つことが最初に発見され、その後コレラ菌も同様であることが明らかになった。コレラ菌の生存や病原性に関与する遺伝子の多くは大きな染色体に存在しており、小さな染色体には機能や由来が判明していない遺伝子が多く含まれている。
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