発生過程の影響
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/07 01:45 UTC 版)
「先天的」とは「生まれる前」のことを意味するが、生物は受精のあと、「生まれるまで」に、胚、胎児として個体発生の期間を持つ。その間に卵子や母胎、環境の影響と、遺伝子発現の影響を受ける。 多くの海生生物(水生生物)の受精卵は、物質の交換・物理的環境など外界と密接に関係しているため、外部環境によって発生に影響が出ることが知られている。通常、大きな環境変化は発生そのものを停止させる(すなわち致死性である)が、死に至らないまでも、催奇性物質による奇形、環境ホルモンによる性の未分化もしくは逆転などの異常発生が報告されている。異常とまではいかなくとも、体の大きさなどは発生時の環境に依存することがある。 有羊膜類は、発生過程における外界の変化から胚を守るために羊膜を発達させたグループであると考えられているが、それでも発生における外的環境と無縁ではない。一部の爬虫類における温度依存性決定は、胚が成長する過程の温度によってその個体の性が決定される。これらの動物(ワニ・カメなど)では、染色体に性染色体自体が発見されないことが多く、性は環境に依存する。温度依存性決定のシステム自体は遺伝的であり、性そのものは非遺伝的(環境的)に決定される。 母胎内で胚を育てる胎生の動物は、母体そのものを外的環境とするため、胚は生息域の物理的・化学的環境から比較的隔離されている。胎盤を持つ軟骨魚類・爬虫類・哺乳類などではさらに必要とする物質交換(酸素/二酸化炭素・栄養物/老廃物)以外の物質の交換が胎盤の関門によって妨げられる傾向があるため、さらに防御の度合いが高い。しかし、換言すれば外的環境を全て母体に委ねるため、母体の健康状態、関門をくぐり抜けてしまう化学物質の影響を受けてしまうことがある。 もっともよく調べられている動物であるヒトの例では、母体がダイエットや飢餓などで栄養不良に陥っている場合に血流不足などから胎児の発達が影響を受ける。これは子の糖尿病の発症のしやすいさにも影響を与える。また母親の喫煙によるニコチンや、食物に含まれる環境ホルモン、サリドマイドの催奇性事件が示すように、母体が摂取した薬物が、胎盤を通じて胎児の発生と成長に影響を及ぼすことが知られている。また母体におけるトキソプラズマ、風疹などの感染や、垂直感染としての性病・性感染症、例えば、梅毒、淋菌性感染症、クラミジア、B型肝炎、単純ヘルペスウイルス、そして近年問題となっているHIVなどが経胎盤感染で胎児に感染することがある。 人間における男女の分化においても、遺伝子での一次的な決定があるが、しかし精巣や卵巣の基本生殖器や、男性の睾丸、陰茎、女性の子宮、膣などの一次生殖器官は、胎児の側の性ホルモンに対する対応機構と、母胎における性ホルモンの分泌のあいようで発生に影響が出る。大脳の発生と展開においても、性ホルモンの相互作用が大きな意味を持ち、男性脳と女性脳、あるいはその中間的な大脳のヴァリエーションが胎児段階で生まれることがある。 生物の発生過程における「生まれながら」のという言葉の意味は、こうして、遺伝子発現と発生中の環境の影響、双方の影響を受ける。
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