歴代総合司会
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「FNS5000番組10万人総出演! がんばった大賞」の記事における「歴代総合司会」の解説
草彅剛(当時SMAP、第1回から最終回まで皆勤の唯一の出演者。) 大塚範一(2003年秋 - 2010年秋。病気療養のため途中降板。) 内田恭子(当時フジテレビアナウンサー、2003年秋 - 2004年秋、2006年春 - 2007年秋) 戸部洋子(フジテレビアナウンサー、2005年春) 中村仁美(当時フジテレビアナウンサー、2005年秋、2011年秋) 小島奈津子(フリーアナウンサー・元フジテレビ、2008年冬「平成20年間10万人総出演 がんばった大賞」のみ) 加藤浩次(がんばった大賞初回以降2007年秋まで10回皆勤賞により司会抜擢。2008年冬「平成20年間10万人総出演 がんばった大賞」のみ) 平井理央(当時フジテレビアナウンサー、2008年春−2009年春 ) 西山喜久恵(フジテレビアナウンサー、2009年秋-2010年秋) 高橋真麻(当時フジテレビアナウンサー、2012年春) 生野陽子(フジテレビアナウンサー、2012年春、2013年秋-2014年秋) 三田友梨佳(フジテレビアナウンサー、2012年秋-2013年春) 加藤綾子(当時フジテレビアナウンサー、2015年春-2015年秋) 宮澤智(フジテレビアナウンサー、2016年春)
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歴代総合司会
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「サンデープロジェクト」の記事における「歴代総合司会」の解説
期間男性女性1989.4.21989.9.24島田紳助小西克哉 磯部典子 1989.10.11992.9.27島田紳助 畑恵1 1992.10.42001.12.23宮田佳代子 2002.1.62002.6.30中井亜希2 2002.7.72004.3.28宮田佳代子 2004.4.42006.9.24うじきつよし 2006.10.12007.9.30寺崎貴司 赤江珠緒3 2007.10.72010.3.28小川彩佳4 1 1989年10月から1990年9月まで土曜夕方の『鳥越&畑 ザ・スクープ』、1990年10月から1992年9月まで『530ステーション』と兼務。 2 宮田の産休に伴う代理。 3 2007年3月までは朝日放送アナウンサーとして出演していた。 4 『サンデー・フロントライン』も続投。
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歴代総合司会
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「全国高等学校クイズ選手権」の記事における「歴代総合司会」の解説
初代:福留功男:第1回 - 第10回担当。「青春真っただ中、(みんな)燃えているか!!」『ウルトラクイズ』の経験を活かした司会進行により、番組の爆発的人気を生んだ。番組そのものの企画提案者でもあり、第1回のスタッフロールにはプロデューサーとしても名を連ねた。 第21回では東西に分けて行われた全国大会1回戦で、東側の司会を担当。「業界40年、高校生クイズ生みの親! クイズに24年の人生をかけた、人呼んで"留ジィ"とは、オレのことだぁ!」の掛け声で、五箇山の広場に到着した高校生を出迎えた。 『ズームイン!!朝!』を担当していた期間は、マイスタジオを離れて当番組の収録先から生放送するという形式で並行出演した。 2代目:福澤朗:第11回 - 第20回担当。「ファイヤー!!」「みんな、(青春の炎は)燃えているか!!」彼の本来のキャッチフレーズは「ジャストミート」だが、番組の冠スポンサーであるライオンのライバル・花王が「ジャスト」という衣料用洗剤を販売していたため、ライオンに配慮する形で最初の収録前に掛け声を変更した(同時期に司会を務めた『ウルトラクイズ』では、放送枠の『木曜スペシャル』提供に花王が入っていたため「ジャストミート」を使用)。 総合司会着任前には、第10回の全国大会で体力の宿の案内人を務めた(「日本テレビの明るい下積み」と自己紹介した)。 第21回の開催直前、無人の西武ドーム(第2回から第30回までの関東予選会場)を訪れ、総合司会の引退を発表する。その後、東西に分けて行われた全国大会1回戦で、西側の司会を担当。ヘリコプターに乗って、鳥取砂丘の上空に現れ、バラマキクイズの出題をした。 3代目:ラルフ鈴木(鈴木崇司):第21回 - 第30回担当。「POWER!!」総合司会着任前には、第18回の事前番組『裏高校生クイズ』に出演し、運大王代表で上京した9チームに密着した。また第20回の関東大会では抽選会の進行役を務めた。 第21回の全国大会は敗者復活戦から担当。 第31回では関東・近畿大会で敗者復活実施を賭けたゲームに参加した。 4代目:桝太一:第31回 - 第40回担当。「VICTORY!!」総合司会着任前には、第30回の地区大会にて代理司会を担当した。 5代目:安村直樹:第41回 - 。「トトトトトラ〜イ!」総合司会着任前には、第33回、第35回の地区大会と第36回の全国大会2回戦にて代理司会を担当した。 前述のように福留は自身の日本テレビ退社と合わせ第10回で勇退し、「ウルトラクイズ」ともども福澤に継承する形となったが、以降の司会者も意図的かは不明であるが10年単位で入れ替わっている。 もともとは原則的に地区大会も含めすべての司会を担当していたが、2000年代後半以降は地区大会に代理の司会を立てることが多くなった。クイズの問題文の読み上げも基本的には総合司会が行っていたが、第28回(2008年)から第32回(2012年)までの全国大会ではほとんどの問題で読み上げ担当者が別であったほか、第33回(2013年)以降は国内で行われるクイズはナレーターが問題を読み上げ、海外で行われるクイズは総合司会が読み上げている。各回における代理司会などについては後述。
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