杉の里
行政入力情報
|
杉の里
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/09 05:14 UTC 版)
中川地区を中心に北山は北山杉の産地として知られる。中川は1219年(承久元年)の『神護寺文書』に「中河庄」、1569年(永禄12年)の『中川八幡宮文書』には「中河楽所」として登場し、中世を通しては「中河荘」と呼ばれていた。いずれにの記録にも既に北山杉の産地として記載されている。木材の供給源として一説には、平安京造営時に始まるとされる。 南北朝時代頃より、材の表面を川砂で研磨する「磨丸太」が考案され、桂離宮・修学院離宮・大徳寺などに用いられたことで広く知られるようになった。 江戸時代は『元禄村別領主帳』でによると神護寺、『享保村名帳』では西明寺の寺領になっていた。明治時代の廃仏毀釈により、山を払い下げられ個人の山主が現れ、森林組合も結成された。1902年(明治35年)と1937年(昭和12年)に周山街道が拡幅され、モータリゼーションの発達もあり、それまでの川筏による出荷を上回るようになった。 また、材木以外の木っ端材は薪や炭として、葉は防虫・防腐効果の用途として重宝されてきた。 なお、中川地区は川端康成の小説『古都』の舞台の一つになっており、『古都』など同名のドラマや映画など映像化されるたびにロケ地にもなっている。
※この「杉の里」の解説は、「北山 (京都市)」の解説の一部です。
「杉の里」を含む「北山 (京都市)」の記事については、「北山 (京都市)」の概要を参照ください。
- 杉の里のページへのリンク