映画とCG
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/10 14:00 UTC 版)
「コンピュータグラフィックス」の記事における「映画とCG」の解説
本格的にCGが映画に採用されたのは、1982年の『トロン』からだと言われているが、技術的・予算的な制約により、実際には大半のシーンではCGに似せた手描きのアニメーションや光学合成を使用していた。日本でも1980年代始めに大阪大学工学部大村皓一助教授(当時)の研究する並列処理コンピュータ「LINKS-1」を使ったメタボールによるモデリングを利用した『ゴルゴ13』などで比較的古くから活用されていた。『オレたちひょうきん族』のオープニングやアニメ・『タイムボカン』のタイムスリップのシーンなども有名である。1985年に開催された科学万博では各パビリオンで多くのCGが使用され、世界初の全天周立体映画『ザ・ユニバース』が上映された。1990年に開催された花の万博では液晶シャッター式のカラーの全天周立体映画『ザ・ユニバース2』が上映され、幕張では2000年代初頭には『エンカウンター』が上映された。 初期には制作コストが高かったために、CG風の斬新なイメージを求めて実写合成などを行ったものも多く存在した。例として1981年の『ニューヨーク1997』では、グライダーが夜間飛行をするシーンのモニタ映像は3DCG風ではあるが、実はリスフィルムによる撮影と光学合成を駆使した実写合成である。この手法はテレビコマーシャルなどでも多用された。黎明期ならではのできごとである。 映画におけるCGは1990年代前半に飛躍的な進歩を遂げた。まず、1991年の『ターミネーター2』におけるVFXで注目を集める。続いて1993年の『ジュラシック・パーク』では、CGが従来のストップモーション・アニメーションに全面的に取って代わった。そして、1995年の『トイ・ストーリー』はフル3DCGで作成された初の劇場用長編と銘打って公開された。2000年代に入ると、多かれ少なかれほとんどの映画で使われるようになる。現在では、時間とお金さえかければ作れないシーンはないとまで言われている。 かつてはSGIなどの高性能ワークステーションや専用のレンダリングサーバ、時としてスーパーコンピュータなどを用いてレンダリング処理を行っており、大変コストがかかるものであった。その後パソコンの高性能化に伴い、安価で高性能なパソコンを使って分散レンダリングを行う方法が主流となってきている。安価なパソコンをレンダリング専用にクラスター化したものをレンダーファームと呼び、大手プロダクションでは数百台規模のパソコンをクラスター化する例が多くなっている。普段はレンダリング以外の業務用に使われるパソコンを就業時間後にレンダーファームに組み込んでレンダリングに転用することで効率化を図っている例も有る(例えば「タイタニック」や「ジュラシック・パーク」など)。 レンダリングによりあらかじめ一枚一枚の画像を作り、それらを繋げて映像化したものをプリレンダリング映像という。現在の映画はすべてこの方法によるものであるが、ゲーム機ではリアルタイムのレンダリングによる映像の提供も進んでいる。 一枚ずつセルに絵具(アニメカラー)で彩色する工程を踏んでいたアニメーション制作にもコンピュータ彩色(閉じたエリアに色を流し込む)を導入することで効率化が図られているが、日本では1983年のNHKアニメーション「子鹿物語」が最初とされる。 特殊効果(VFX)にCGを使用することは一般的に行われており、以前は専用の機材を用いて主にCGは特撮、SF映画で使用されていたが、汎用で安価なPCの発達により、現在では一般の映画(または、映画並みの特殊効果が要求される連続ドラマ)でも多用されており、街全体を仮想的なセットとして作るような目的では、一見しただけではCGであることを意識させない作品も多い。
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