強誘電性
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/19 01:18 UTC 版)
外部電界の非存在下でも分極(自発分極)が生じており、かつ分極方向が外部電界で変化する物質を強誘電体という。強誘電体の分極には分子双極子によるものとイオンによるものとがあるが、ポリマーの場合、共有結合が主であるため、その強誘電性は分子双極子による。また、ポリマーの強誘電体はポリマー結晶、液晶および溶液で見いだされている。 強誘電性の発現は結晶または液晶構造が秩序性と不秩序性の両方を持つことを条件とする。ここでの秩序性とは、双極子が規則的に配向した分極構造が安定していることである。不秩序性とは、この分極構造の安定性が絶対ではなく、ある分極構造から別の分極構造に転移し得ることである。この不秩序性ゆえに、強誘電体において分極の反転および高温による分極の消失が起こり得る。ポリマーは、融点以下では非晶領域と10nm程度の厚さのラメラとの混合系であり、微視的には分極構造はラメラに限られる。従って、ポリマーの自発分極は結晶化度に比例する。 ポリフッ化ビニリデン(PVDF)は(-CH2CF2-)の繰り返しから成り、単位当たり約2デバイの双極子能率を持つ。分子鎖がトランスコンフォメーションと平行なパッキングをとると、双極子は一方向に配向し、PVDFはⅠ(β)型と呼ばれる分極構造の強誘電性結晶を形成する。Ⅰ(β)型は多くの結晶型を持ち、不秩序性の内包を示唆する。PVDFの結晶型はTT型、T3GT3G型、TGTG型の3種類のコンフォメーションで構成される。水素原子とフッ素原子の大きさはあまり変わらないため、どのコンフォメーションも安定である。 PVDFは主鎖との直角方向に双極子モーメントを持つ。双極子の反転は結晶全体の回転ではなく、鎖方向(長軸方向)に沿った主鎖の回転ではなく、個々の分子鎖の主鎖周りの180度回転によって起こる。このように、双極子を主鎖に直角に持つ高分子では、鎖方向(長軸方向)が共有結合で制限されて回転自由度がないため、鎖周りの回転による自由度が強誘電性の発現に関係する。この回転運動は、構成原子の大きさが適度であり、分子鎖の形が円柱に近いために可能となる。PVDFを含むポリマーの強誘電性に原子や官能基の大きさが重要であることは、ファンデルワールス力による近距離相互作用がポリマーの強誘電性の主因であることを意味する。一方で、PVDFの双極子におけるローレンツ係数と局所電場は結晶化度に関わらず0に近く、自発分極に対するクーロン力による寄与は小さい。このことは、低分子物質の強誘電性において、クーロン力による遠距離相互作用が本質的に重要な役割を果たすと考えられている点と対照的である。 ポリマー全体での分極の反転の過程は、低分子誘電体と同様に核生成成長モデルで理解されている。このモデルでは、自発分極と反対方向の電界が与えられたときに、物質全体の分極が同時に反転するのではなく、物質内に局所的に分極を反転させた分子が現れ、それが核となって周囲の分子の分極を反転させ、最終的に反転現象を物質全体に拡大させる。PVDF系高分子の場合、この核生成と成長は次の3つの過程に分けられる。最初は、反転分子から非反転分子へのキンクの伝搬である。PVDFではこの伝搬速度は10m/s以上であり、10nmの分子鎖は1ns以内に反転する。次は、分子鎖の反転のラメラ内での伝搬である。この伝搬はラメラの分子鎖の長軸方向に垂直な二次元の面内で起こる。この過程が分極反転の律速段階であると考えられている。最後はラメラ間での伝搬である。 強誘電性ポリマーは、外部電場に対する抗電場が強く、分極の反転に必要な電場が非常に大きいという特徴を持つ。PVDFの場合、室温で50MV/m、ガラス転移点で100MV/mを要する。核の発生場所は結晶と非晶の界面であると考えられている。ガンマ線照射により非晶部が架橋されると分極反転時間が長くなる。 フッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンの共重合体P(VDF/TrFE)は強誘電性を示す。PVDF単体では最安定なコンフォメーションはTGTG型であったが、共重合体ではTT型となる。キュリー点以上では共重合体でTT型、T3GT3G型、TGTG型の3種類のコンフォメーションが不規則に混在する。 以下の表に強誘電性の高分子を示す。 強誘電性高分子高分子D-E履歴曲線強誘電体への転移点圧電性・焦電性強誘電体の形態PVDF有り 無し 有り 結晶 P(VDF/TrFE)有り 有り 有り 結晶 奇数ナイロン有り 無し 有り 結晶 ポリウレタン有り 無し 有り 結晶 ポリ尿素有り 無し 有り 結晶 シアン化ビニリデン共重合体有り 無し 有り 非晶 ポリマーの強誘電性において層法線方向に対する分子長軸の傾き角、螺旋ピッチ、応答時間、自発分極は重要な物性である。低分子物質と異なり、ポリマーの傾き角は、スメクティックA相(SA)とカイラルスメクティックC相(SC*)の転移領域で温度に強く依存する(エレクトロクリニック (EC) 効果)。ポリマーでEC効果が顕著である理由は、分子量分布が大きいため、相の共存領域が広いためであると考えられている。外部電界の印加から自発分極への応答はポリマー液晶において低分子結晶と3桁以上遅い。また、低分子結晶と比べてポリマー液晶の応答速度の温度依存性は大きい。高温から低温まで応答速度はミリ秒から秒へと3桁以上変化する。
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