宮殿内部
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「ウズベキスタン外務省迎賓館」の記事における「宮殿内部」の解説
宮殿の前に位置するカシの葉が連なる大きな門を抜けると、複雑な形状をした鉄鎖の付いたランタン、光沢のある木製の装飾品のある広間にでる。広間を抜けると右と左、2つのドアが視界に入る。左側のドアの奥には鉄製の螺旋状階段があり、これで2階に登ると豪華で大きな図書室とビリヤード場がある。右側のドアを抜けると巨大な温室があり、ヤシ、オレンジ、ミカン、レモンなどの様々な樹木が育てられている。 冬の庭の入口の左側には小規模な果樹が植えられた日本庭園がある。小川のせせらぎを目にしながら欄干の着いた美しい橋を渡ると、小さな小屋がある。この小屋の周りには美しいポーズを取った人間や動物の像が配置されている。付近のガゼボには熱帯植物が花を咲かせている。 広間左側のドアを抜けると、3つ連なる広間が姿を現す。これらの部屋にはニコライ・コンスタンチノヴィチ大公の収集品から提供された大理石の塑像や絵画がある。 ホールから続く入口の反対側には異なる規模の部屋が並んでいる。大きな窓のある最初の小さな応接間にはヴィーナスの像があり、窓から差し込む太陽の光を受けて淡い桃色に見える。次の部屋にはガラスのキャビネットに入った形でニコライ・コンスタンチノヴィチの収集品が展示されている - 置物、象牙作りのおもちゃ、軍装、メダル、鈴、ブレスレット、銀、金、宝石などの貴金属、その他多くの興味深い遺品が並んでいる。 その次の部屋はブハラ、アフガン、トルクメン、ペルシアの美しい絨毯、銃、ナイフが展示された東洋風の部屋となっている。これらの絨毯は刺繍が施された絹、銀、金などで装飾されている。また、この部屋には有名画家によるアジアの風景を描いた絵画も飾られている。 広間より、「ヴィーナス」のドアをくぐると小さな部屋があり、この部屋には絵画、本、塑像など、「ヒヴァ包囲戦」に関するあらゆる収集品が展示されていた。例えば、ニコライ・コンスタンチノヴィチの息子であったアレクサンドル・イスカンデル(ロシア語版)王子の回想録やヒヴァの要塞の設計図があり、トルキスタンにおいて矢の嵐を受けた様子が描かれている。「彼らは監視のために身を乗り出し、誤って落下し、重症を負う、もしくは死亡した。要塞を守るヒヴァ人は銃や弓、投石器による攻撃で包囲され、包囲した側は銃弾を注ぎ続けた。大砲が要塞の門めがけて打ち込まれた。ここにロシア帝国のコサック部隊は負傷者を出した。コサック部隊はヒヴァから撤退する。遊牧民のカザフは降伏した。そしてここには重症を負ったコサック兵がおり、傍に彼の愛馬がついて離れないのだ!」 この他、1階には食堂があった。 食堂はあらゆる種類の木々で装飾されており、コーニスの部分はムスリムに合わせた金、青、緑で装飾が施されていた。大きく長い食堂には背もたれが高い革張りの椅子があった。キャビネットにはロシア帝国磁器製作所で製作された銀製品、皿、水晶が並んでいた。 — A.N,イスカンデル (ロマノフ)、トルキスタンの思い出
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宮殿内部
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/03 19:18 UTC 版)
正殿 豊明殿 千種の間 床は寄木張、天井は折上塗格天井、牡丹唐草文様の他、多彩な野菜や果物などで装飾された壁や欄干が張られていた。高村光雲、石川光明、塚田秀鏡といった人物が創作及び指揮に関わった。
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