天守閣美濃とは? わかりやすく解説

左美濃

(天守閣美濃 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/31 01:48 UTC 版)

左美濃(ひだりみの)は将棋居飛車で用いる囲い戦法の一つ。対振り飛車・矢倉に現れ、美濃囲いや高美濃などを、玉が8筋に来るように左右を入れ替えて作る、居飛車版の美濃囲い。持久戦・急戦共に柔軟に対応できるとされる[1]


注釈

  1. ^ 詰まされにくいということ。6九の金を取られてもまだ、詰めろ、すなわち、こちらの玉が次で詰むという場面に至らない場合が比較的多いとされる。

出典

  1. ^ 『日本将棋用語事典』(2004) pp.166-167
  2. ^ 『消えた戦法の謎』p.62-p.68、『将棋基本戦法 振り飛車編』p.9、p.50-p.53
  3. ^ 天狗太郎『将棋金言集』(時事通信社)P.44
  4. ^ 『将棋世界Special 将棋戦法事典100+ 王道 流行 珍戦法 完全網羅!』(マイナビ出版)
  5. ^ 中田宏樹『対矢倉左美濃作戦』(この節全体について)


「左美濃」の続きの解説一覧

天守閣美濃

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/15 03:34 UTC 版)

左美濃」の記事における「天守閣美濃」の解説

玉が角筋に入るのを避けるため、8六に歩を突き8七の位置に玉を構えるという珍奇な構えだが、右辺からの攻めに対しては玉が遠く、高い勝率誇った松浦卓造が、1960年A級順位戦加藤博二戦で、はじめて採用した玉頭が非常に弱いのが欠点。これに対抗する振り飛車側の作戦としては、藤井システムなどが知られる。なお、湯川 (2005) pp.174-175によれば居飛車側の玉が8七に居るという形自体1607年(慶長12年)の棋譜ですでにみられている発想初代大橋宗桂本因坊算砂戦で宗桂採用)である。右図のとおりで後手四間飛車対し先手の左型木村美濃ツノ銀雁木のような構えがその陣であった

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天守閣美濃(てんしゅかくみの)

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将棋用語一覧」の記事における「天守閣美濃(てんしゅかくみの)」の解説

左美濃囲いのうち、角の頭へ三段玉に構え美濃囲い

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