内装、調度品
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/11/03 15:01 UTC 版)
建築家との打ち合わせは、建築の際だけでなく内装の際にも、何年もかけて、当代の高名な芸術家たちや、作り付け家具の動向に詳しい専門家たちに呼びかけて行われた。作り付け家具に関しては、1924年の装飾芸術サロン(フランス語版)での知見を取り入れて変更が加えられることもあった。そうして、クロームメッキチューブに布を張ったチェア、革張りのアームチェア、金属天板にニスを上塗りした可動式のテーブル、関節可動式の金属アームを持つ照明ランプ、壁面収納式クローゼット、引き出し収納可能な金属製家具など、多くの芸術作品が特注により集められた。 したがって、本邸宅では、備え付けのプールで使うためにマレ=ステヴァンスが自ら設計したチェア「トランザ」(1923年 - 1925年作、クロームメッキチューブに布張り)や、マルセル・ブロイアーのアームチェア「シェーズ・ワシリー(フランス語版)」(テラスとアトリエで使用するために1925年に購入)といったモダンな家具を同時に目にすることができた。フランシス・ジュルダン(フランス語版)が内装のデザインを行った各部屋には、金属を構成部品に用いたモダン家具の初期の傑作の数々が置かれ、鉄棒に吊り下げられた揺動可能なベッドとともに、ピエール・シャローのデザインした壁時計が飾られた。1928年には鉄とガラスによる可動壁が収納可能になる小部屋が、海を見霽かすテラスの上の屋外に設けられた。デザインはジャン・プルヴェ。子爵の部屋にもシャローが新しくデザインした家具が置かれた。シャローは小サロンのために長椅子もデザインした。小サロンは同じく1928年にマダム・クロッツ(Mme Klotz)のゲリドン(小さな丸テーブル)とスツール、ルネ・プルーがデザインしたシュミネ(タバコの排気ダクト)、ラウル・デュフィがデザインした壁紙で飾られた。夫人の部屋はジョ=ブルジョワ(フランス語版)のデザインした照明、アイリーン・グレイのデザインしたサイドテーブルと絨毯、ドミニクのソファー椅子、フランシス・ジュルダンのチェアが入り、完成した。シャルロット・ペリアンの折畳式の遊戯テーブル、ソニア・ドロネー(フランス語版)の「ティシュー・シミュルタネ」、ジャン・ペルゼルの照明家具も導入された。ジョ=ブルジョワはまた、1925年に食堂の内装デザインを行い、1926年には4つの部屋の作り付け家具とアーチ型天井の部屋のカラフルなバーカウンターのデザインを行った。その他に、ピエール・ルグランも一部屋の内装を受け持った。 ジーボルト・ファン・ラヴェステイン(フランス語版)や、テオ・ファン・ドゥースブルフらもまた集められた。ラヴェステインは1925年から1926年にかけて木製部材と金属部材を用い、異なる色に塗り分けた家具を制作した。その家具は2階のカラフルな客間に合わせて制作された戸棚と引き出しである。ドゥースブルフは、家具類の組み合わせの構想を1924年に練り、1925年に実現させた。彼は、スミス商会製のインダストリアルデザインの、ひとそろいのアームチェア、ロネオによる布製の戸棚、クロディウス・リノシエ(フランス語版)が設計した5枚の鉄を結合させた玄関の扉、ルイ・バリィエ(フランス語版)がデザインしたアトリエと階段のステンドグラスを取り入れ、組み合わせの妙を演出した。彼はまた、アンリ・ロラン(フランス語版)、コンスタンティン・ブランクーシ、アルベルト・ジャコメッティ、マルテル兄弟(フランス語版)といった彫刻家の作品も各部屋に取り入れた。ジャンとジョエルのマルテル兄弟はホールの中心となる柱の根元にレリーフを彫り、ホールに飾る多面体鏡を制作した。ガブリエル・ゲヴレキアンにより制作された「立体派の庭」の一角に据え置かれる彫刻は、ジャック・リプシッツ(フランス語版)が制作した。その一方で、ヴェラ兄弟により2つ目の庭も設計された。また、モンドリアンの有名な「灰色と黒のコンポジション」(1925年)や、他にも、ジョルジュ・ブラックの作品を含む、モダニズム絵画も邸宅に飾られた。
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