ケンプの説に対する論議
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/18 01:44 UTC 版)
「美しき姫君」の記事における「ケンプの説に対する論議」の解説
ケンプの結論に対して賛同意見を表明したダ・ヴィンチの専門家も多かった。賛意を示した専門家にはカルロ・ペドレッティ、ニコラス・ターナー、アレッサンドロ・ヴェッゾーシ(ミラノのレオナルド・ダ・ヴィンチ理想博物館館長)、クリスティナ・ジェッド、クラウディオ・ストリナーティ(イタリア文化財・文化活動省)、ミーナ・グレゴリ(フィレンツェ大学名誉教授)などがいる。 しかしながら、『美しき姫君』がダ・ヴィンチの作品であるという説に対して賛否を保留している、あるいは否定している専門家もいる。疑問点として20世紀以前の来歴が存在しないことがあげられており、生前からダ・ヴィンチが得ていた名声を考慮し、さらに描かれているのが名家スフォルツァ家の一員であるとするならば、来歴がないのはあまりに不自然であるとする。さらに羊皮紙が本当に数世紀前のものだとしても、贋作者がその当時の古い羊皮紙を入手するのは特に難しいことではないともしている。現在ダ・ヴィンチ作のおよそ4,000点のドローイングが残っているが、羊皮紙に直接描かれたものは存在しない。ダ・ヴィンチの研究家ピエトロ C.マラーニは、『美しき姫君』が左利きの芸術家によって描かれているということも疑問視しており、過去のダ・ヴィンチ作品の贋作者たちのなかには左利きの特徴を真似ることができた者がいたことを指摘した。さらにマラーニは羊皮紙表面の状態、単調な細部表現、特定の箇所の顔料の使用方法、クラクリュール(経年変化などで絵画表面に現れる細かいひび割れ)の欠如、生硬な表現などについても疑義を呈している。匿名を希望する、ある美術館の館長は『美しき姫君』は「お笑い種の20世紀の贋作」であり、作品に見られる損傷や修復の跡も不審極まりないとしている。ロンドンのナショナル・ギャラリー館長ニコラス・ペニーも、ダ・ヴィンチの企画展を開催するとしても「ナショナル・ギャラリーは『美しき姫君』を貸して欲しいと頼んだりはしない」と断言している。ウィーンのアルベルティーナ美術館館長クラウス・アルブレヒト・シュレーダーは「レオナルドの作品であると断言できるものは誰もいない」と語り、16世紀イタリアのドローイング研究者 David Ekserdjian も「贋作」ではないかと書いている。ダ・ヴィンチのドローイング研究の第一人者の一人でメトロポリタン美術館のカルメン・バンバックとバンバックの同僚のエヴァレット・フェイも『美しき姫君』がダ・ヴィンチの真作であるとは認めていない。 法化学者のなかにもピーター・ポール・ビロが発見した指紋を疑問視している複数の専門家がいる。『美しき姫君』に残されている指紋はあまりにも不明瞭であり、証拠として採用することはできないとし、ビロが比較対象として「酷似している」と結論付けた『荒野の聖ヒエロニムス』に残る指紋自体が非常に不鮮明なもので、作者の特定にはそもそも使用できるものではないとしている。指紋がダ・ヴィンチのものではなく、間違った結論を出したのではないかと尋ねられたとき、ビロは「確かにその可能性はある。答えはイエスだ」と返している。 ケンプの書物には『美しき姫君』がダヴィンチの作品がどうかを疑う記述はない。このことに対してリチャード・ドーメントは、デイリー・テレグラフに「ケンプの書物が学術的論文を企図したものだとすれば、一定の評価を得た美術史家が書いたものとしては分析方法が偏っているといえる。ビロが調査中の少女と呼んだ『美しき姫君』に関するこの書物は美術史論ではなく、単なる個人的意見の表明に過ぎない」とする書評を掲載した。 ドイツロマン主義ナザレ派のドイツ人画家たちの作品を再評価したことで知られる美術史家フレッド・クラインは、サンタフェ・ニューメキシカン紙の第一面に『美しき姫君』は19世紀初頭のローマでイタリアルネサンス期の巨匠たちの作風と画題を再現しようとしていた、ナザレ派のドイツ人画家ユリウス・シュノル・フォン・カロルスフェルト(1794年 - 1872年)が1820年ごろに描いた作品ではないかいう論文を掲載している。クラインはマンハイムの州立美術館が所蔵する『半裸婦像』など、3点のフォン・カロルスフェルトが羊皮紙に描いたドローイングに着目し、『美しき姫君』に描かれている女性はマンハイムのドローイングに描かれている女性と同一人物であり、『美しき姫君』は理想化されたルネサンス様式の作風で描かれているだけだとした。 『美しき姫君』の当初の所有者だったジャンニーノ・マルシの未亡人ジョアンナが、オークションハウスのクリスティーズを相手取ってニューヨークの裁判所に訴訟を起こしている。クリスティーズは1998年にマルシからの依頼で『美しき姫君』を「19世紀初頭のドイツ人画家による作品」としてオークションにかけて売却した。その後『美しき姫君』がダ・ヴィンチによるもので莫大な価値のある作品ではないかと騒動になったため、オークションに出品した際のクリスティーズの不注意による作者特定のミスと、不適切な取扱いで作品が損傷を受けたとして告発したのである。この訴訟の過程で、マンハイムのドローイングと『美しき姫君』でそれぞれで使用されている羊皮紙の比較鑑定が実施される可能性もある。
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