エスケープ機構
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/29 15:13 UTC 版)
「リステリア・モノサイトゲネス」の記事における「エスケープ機構」の解説
リステリア・モノサイトゲネスの病原性の高さは、宿主の食細胞による殺菌から免れるエスケープ機構を有する点による。通常、マクロファージに貪食された細菌は、食胞内で各種活性酸素に暴露され、次いで、食胞膜がリソソーム顆粒膜と融合(食胞-リソソーム融合、P-L融合)してアズール顆粒から種々の殺菌性タンパク質が供給され、殺菌される。リステリア・モノサイトゲネスは多くの細胞内寄生菌と同じく、カタラーゼやスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)といったフリーラジカル消去酵素活性が高いため、食胞内での活性酸素に対する抵抗力を持つ。食胞-リソソーム融合後の殺菌性タンパク質に抵抗することは困難であるため、多くの細胞内寄生菌は食胞-リソソーム融合を阻害するが、リステリア・モノサイトゲネスの場合は融合が起こる前に食胞膜を傷害して小胞から細胞質へと脱出する。 エスケープ機構を可能にする細菌因子について解明が進んでいる。リステリア・モノサイトゲネスに特徴的な溶血素のリステリオリシンO(LLO)遺伝子hlyAが欠失し、産生能が失われると、マクロファージ内増殖とマウスに対する致死的病原性が無くなる。hlyAの近傍にはprfA、plcA、mpl、actA、plcBなど病原性に関与する遺伝子群が存在する。これら遺伝子の完全なセットはリステリア属の中では、唯一ヒトに起病性を持つリステリア・モノサイトゲネス以外には見つかっていない。また、これら遺伝子とは異なる部位の染色体DNA上に、細胞侵入性を規定するinlA、inlB、iapなどの遺伝子がある。 リステリア・モノサイトゲネスの病原性因子を以下に述べる。 リステリオリシンO(LLO)ー 溶血素。1,587 bpのhlyAにコードされ、529個のアミノ酸から成る分子量約58,000のタンパク質である。マクロファージに貪食されて食胞に取り込まれた際に、食胞膜を傷害して食胞から細胞質への脱出を導く。 PI-PLC - hlyAの上流に位置する951 bpのplcAにコードされた分子量36,000の、ホスファチジルイノシトールを加水分解基質とするリン脂質加水分解酵素である。おそらく、食胞膜の構成成分であるホスファチジルイノシトールを分解してLLOと共同してエスケープに関与すると考えられている。plcAはリステリア属7菌種のうちでも病原性のL. monocytogenesとL. ivanoviiにしか存在せず、またこの遺伝子をノックアウトするとマウスに対する病原性は低下するため、plcAは細胞内寄生を可能にする病原性因子の1つとみなされている。 金属プロテアーゼ ー mpl遺伝子にコードされている。おそらく亜鉛プロテアーゼであり、PC-PLCの活性化や機能的成熟化に役割を果たすと考えられている。 レシチナーゼC(PC-PLC)- plcB遺伝子をノックアウトすると、食胞からの脱出にはほとんど影響ないが、培養マクロファージの単層培養で細胞間感染の拡大が抑制される。隣接細胞へ伝播するために細胞質膜を分解するのに役立つと推測されている。 ActA - ActAはactA遺伝子にコードされた610アミノ酸の分子量約9万のタンパク質である。ActAにはプロリンを多く含んだ部位があり、この部位が宿主細胞質のVASPと結合すると細菌表面でのアクチンの重合を促す。重合体の成長に従って細菌細胞は前方へと押し出し、食胞を脱出した後に宿主細胞質内を移動して隣接細胞へと伝播する推進力とする。 prfA ー 上記の5つの病原性因子の上流に位置する遺伝子で、これら遺伝子の発現を一括して上方制御している。prfA産物(27 kDa、PrfA)はDNA結合タンパク質である。各遺伝子のプロモーター領域に結合して転写活性を高めると考えられている。prfAを欠失させると上記の遺伝子の全てが発現しなくなり、非病原性リステリア属細菌にはこの遺伝子は見いだされない。 インターナリン - 作用機構は不明だが、非貪食性上皮細胞への侵入性を決定するタンパク質と考えられている。インターナリンをコードするinlAまたはその下流の類似遺伝子inlBを欠失させたリステリア・モノサイトゲネスの変異株では、両方ともに腸管上皮細胞への侵入性が野生株の20%以下と低い。インターナリンファミリーには他にも遺伝子inlC、inlD、inlE、inlFが存在する。ただし、これら遺伝子の変異株では上皮細胞侵入性が変わらず、病原性因子かどうかは不明である。 iap - この遺伝子の産物は60 kDaの菌体表層タンパク質であり、ムレイン加水分解酵素としてリステリア・モノサイトゲネスの短桿菌としての形態の維持に重要であると考えられている。感染マウスの脾細胞ではこのタンパク質のエピトープを認識する細胞傷害性T細胞が誘導される。 以上のように、リステリア・モノサイトゲネスには細胞内寄生に関与する遺伝子が非常に多い。リステリア・モノサイトゲネスの病原性因子で最も重要なLLO遺伝子hlyAと強い相同性を有する遺伝子は、他のいくつかの病原性グラム陽性菌(Streptococcus pyogenes、S. pneumoniae、Clostridium perfringensなど)に存在するが、いずれも細胞内寄生性を示さない。この事実は、細胞内寄生は単一の遺伝子によって規定されるものではなく、多くの遺伝子の複合によって可能となるものであることを示唆する。 主にリステリア・モノサイトゲネスが感染を始める部位は宿主の腸上皮であり、ジッパー機構により非食細胞に侵入する。栄養素の取り込みは、インターナリン(Inl)が宿主細胞接着因子であるE-カドヘリンまたは、肝細胞増殖因子受容体であるMet(c-Met)に結合することによって始まる。この結合は特定のRho-GTPアーゼを活性化させ、このRho-GTPアーゼはその後、ウィスコット・アルドリッチ症候群タンパク質(WAsp)に結合して安定化させる。次いで、WAspはArp2/3複合体に結合し、アクチン核形成点として働くことができる。その後のアクチン重合は、エンドサイトーシスの前に貪食細胞によって通常、異物の周囲に形成されるアクチンベースの構造体である「食細胞カップ」を作り出す。インターナリン結合の正味の効果は、宿主の接合形成装置を利用して細菌を内在化することである。リステリア・モノサイトゲネスは食細胞(例えばマクロファージ)にも侵入することはできるが、非食細胞への侵入のためのインターナリンのみを必要とする。 細菌は細胞内に移行後、リソソームに取り込まれる前に液胞やファゴソームから逃れなければならない。この回避を可能にするのは主に3つの病原性毒性因子であり、リステリオリシンO(LLO、hly遺伝子にコードされる)、ホスホリパーゼA(plcA遺伝子にコードされる)、ホスホリパーゼB(plcB遺伝子にコードされる)である。LLOとPlcAの分泌は、液胞膜を破壊し、細菌が細胞質に逃げることを可能にする。 細胞質に入ってからリステリア・モノサイトゲネスは宿主のアクチンを2回利用する。ActAタンパク質は古い方の細胞極(リステリア・モノサイトゲネスには細胞の中央に中隔があり、したがって1つの細胞に古い細胞極と新しい細胞極がある)と関連し、Arp2/3複合体に結合し、それによって細菌細胞表面の特定領域にアクチン核形成を誘導する。そして、アクチン重合は細菌細胞を宿主細胞膜中へと一方向的に推進させる。形成された突出部は隣接細胞の内部に取り込まれ、二重膜液胞を形成する。この液胞からは前述のようにLLOとPlcBを使用して脱出する。この直接的な細胞間拡散の様式には、paracytophagyとして知られる細胞機構が関与する。
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