『チート』での人気と批判
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/12 08:35 UTC 版)
「早川雪洲」の記事における「『チート』での人気と批判」の解説
1915年3月、雪洲はインスとの契約が切れるとともに彼のもとを去り、配給会社のパラマウントと提携して長編映画を製作していたジェシー・L・ラスキー・フィーチャー・プレイ・カンパニー(以下、ラスキー社と表記)と4年の専属契約を結んだ。週給は1000ドルで、半年ごとに500ドルがプラスされたが、これはエッサネイ社と契約したチャールズ・チャップリンの週給1250ドルや、フェイマス・プレイヤーズ・フィルム・カンパニーと契約したメアリー・ピックフォードの週給1000ドルとほぼ同額であり、当時の名前で観客を呼べる映画俳優の週給が200ドルから300ドルだったことを考えると破格なものだった。 同社で4本目の出演作となるセシル・B・デミル監督の『チート』(1915年)で、雪洲は国際的なトップランクのスターとなった。雪洲が演じたのは、プレイボーイでお金持ちの日本人美術商のヒシュル・トリで、有閑夫人を借金のカタにとり、自分の所有物である証として彼女の肌に焼きごてを押し付け、最後には白人の制裁を受けるという非道な悪役だった。雪洲は有閑夫人を演じたスターのファニー・ウォード(英語版)の相手役であり、助演としての出演ではあったものの、作品はラスキー社史上最高の12万ドルの興行収入を稼ぐ大ヒットとなり、雪洲の人気は一気に高まった。とくにアメリカの白人の女性観客には、雪洲のエキゾチックな容貌や色気、残忍なキャラクターが、それまでに味わったことのない魅力となり、雪洲はたちまち女性観客から熱狂的に支持されるマチネー・アイドル(英語版)となった。雪洲の演技力も高く評価され、『ニューヨーク・タイムズ』は「ウォードは偉大な女優となるためには、悪役を演じた日本人男優(雪洲)をよく観察すべきだ」と述べた。 しかし、『チート』は日系アメリカ人社会で大きな物議を呼び、残忍な日本人として描かれる雪洲の役柄が不正確であると非難された。当時のアメリカでは黄禍論が浸透し、アメリカ人にとって日本は曖昧な不安や脅威の対象と思われていた。とくに西海岸では排日運動が高まりつつあり、1913年にはカリフォルニア州で日本人の土地所有を禁じる外国人土地法が制定された。そんな背景があり、排日ムードにさらされている日系人は、『チート』を白人たちの反日感情を助長する「排日映画」と見なし、以前よりも差別排斥が酷くなることを懸念した。『羅府新報』は12月24日付けの記事で、雪洲を「排日俳優」「売国奴」と呼び、26日付けの記事では「在米同胞が常に米国社会に親和しようと努力しているのに、早川は臆面もなくこれを破壊した」と批判した。雪洲は27日にロサンゼルスの日本人会に出頭して聴取を受け、29日付けの『羅府新報』に次のような謝罪広告を発表した。 .mw-parser-output .templatequote{overflow:hidden;margin:1em 0;padding:0 40px}.mw-parser-output .templatequote .templatequotecite{line-height:1.5em;text-align:left;padding-left:1.6em;margin-top:0}過般当市ブロードウェー、タレー座において興行せし芸題『チート』の映画ははからずとも在留同胞諸君の感情を害したるは小生の衷心遺憾とするところに有之候。今後はじゅうぶん注意をはらい、ふたたび累を同胞社会におよぼすなからんことを期すべく候。 それでも波紋は収まらず、白人不良青年団や悪童による日本人迫害や、白人雇い主による日本人の解雇などが続き、アメリカ各地では日本人会を中心とする上映中止運動が広がった。1916年には「早川撲殺期成同盟会」なる組織が作られたが、ハリウッドで活躍した俳優の関操によると、当時の全米では約30団体もの「雪洲撲殺団」が作られたという。雪洲は覚悟を決めて遺書をしたため、ロサンゼルスの自宅から撮影所までの道を、標的にならないように自動車ではなく歩いて通った。日本本国でも政府が在米日本大使館を通じてデミルに正式に抗議し、右翼団体が雪洲を「日本人の残忍さを誇張して世界に恥をさらした売国奴」と呼ぶなどの騒ぎとなり、『チート』は国辱映画とされて国内で上映禁止となった。それ以後、雪洲は「国賊」というレッテルを貼られ続けることになり、日本からは毎日、雪洲本人に見せられないほどの罵倒や屈辱に満ちた内容の手紙が大量に届いたが、それらは鶴子が雪洲の知るところとなる前に処分していた。
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