日本大学硬式野球部 歴代監督

日本大学硬式野球部

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/10 07:15 UTC 版)

歴代監督

※球歴については判明分のみを記載。なお所属団体については特記がない限り野球部関連を前提にしている。

  1. 大沢逸郎
    明大野球部OB
  2. 大下常吉
    早大野球部OB
  3. 小口槙太郎 
  4. 小川静夫
  5. 香椎瑞穂
    平安中→日大→日大監督(1948年秋季~1964年秋季)→日大櫻丘高監督[2]→日大藤沢高監督
  6. 飯沼辰夫 (臨時)
    日大→日大助監督→日大監督(1965年秋季の開始から途中まで[3])→日大(経済学部職員→同教授)→日大監督(1985年秋季~1987年秋季)[4]→日大(経済学部)教授
  7. 河内忠吾
    小山高→日大[5]→熊谷組[6]→阪神[7]→荏原高監督[8]→日大監督(1965年秋季途中[9]~1977年春季)
  8. 石井久至
    日大一高→日大→松下電器[10]→・・・→日大監督(1977年秋季~1985年春季[4])→日大生物資源科学部野球部長
  9. 飯沼辰夫 (2度目)
    経歴は前述を参照
  10. 和泉貴樹
    宇都宮商高→日大→日立製作所→宇都宮商高コーチ→日大コーチ→日大監督(1988年春季~1995年秋季)→日大国際関係学部監督→同総監督
  11. 鈴木博識
    小山高→日大→三菱自動車川崎→青森商高監督→日大藤沢高監督[11]→日大監督(1996年春季~2009年春季)[12]→鹿島学園高監督
  12. 衣川隆夫(代行)
    育英高→日大→ホンダ→日大コーチ→日大監督代行(2009年6~8月)→日大コーチ→日大国際関係学部コーチ
  13. 仲村恒一
    二松学舎大附属高→日大→東芝府中→東芝府中コーチ→東芝府中監督→日大監督(2009年秋季~)



  1. ^ 赤尾好夫 『野球大観』 旺文社、1949年、61頁
  2. ^ 就任中に日大櫻丘高を唯一の甲子園(選抜大会)に導き日大三高との決勝を制して日本一になる。
  3. ^ 先代の香椎監督の後任が決まらなかったため秋季リーグ戦途中まで臨時監督を努めた。
  4. ^ a b 当時、部初の総監督制を敷き野球部内の組織としては総監督に飯沼氏、監督は石井氏が続投であったが、連盟への登録上では区別がないため監督が飯沼氏、コーチに石井氏という形を採った。
  5. ^ 当初は早大進学を希望したが、日大・香椎監督の説得に応じて日大へ進学を決定した。
  6. ^ '55年にはニッポンビール補強選手として都市対抗に出場した。
  7. ^ 当時は大阪タイガース。投手→野手転向後退団
  8. ^ 在任中に選抜甲子園出場を果たす。
  9. ^ 香椎監督の後任が決まらない間の飯沼臨時監督の後を受けてリーグ戦の途中で正式に就任した。
  10. ^ '67年の近鉄球団の4位指名を受けたが拒否して社会人チームを選択。
  11. ^ 就任中(1987年1995年)に日大藤沢高を初の甲子園に導く(1990年第62回選抜高等学校野球大会:2回戦進出、1995年第77回全国高等学校野球選手権大会ベスト16進出)。
  12. ^ 卒業後にプロ入りした門下生は戸部浩清水直行吉野誠加藤康介下窪陽介大野隆治堤内健村田修一吉原道臣桑原義行那須野巧篠田純平長野久義の13人(うち、6人は横浜)。


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