Kooとは? わかりやすく解説

Koo

名前 クー; コオー

DJ KOO

(Koo から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/09/25 15:02 UTC 版)

DJ KOO
基本情報
出生名 髙瀨 浩一
生誕 (1961-08-08) 1961年8月8日(65歳)
出身地 日本の旗 日本・東京都[1]
ジャンル
職業
担当楽器
レーベル avex
事務所 エイベックス・マネジメント[2]
共同作業者 TRF
公式サイト avexによる公式ページ
DJ KOO 公式ブログ

DJ KOO(ディージェイ・コー、本名:髙瀨 浩一(たかせ こういち)、1961年〈昭和36年〉8月8日[1] - )は、日本のDJ、音楽家、サウンドクリエイター、バラエティタレント。東京都出身。TRFのメンバー・リーダーでDJ担当。日本のダンス・ミュージックを黎明期から知る。他、The JG's、WEST 87、Phal、シュウマイDJ、WILLとしても活動。

来歴

東京都出身ではあるが、中高生時代は千葉県鎌ケ谷市にて過ごしており[3]、鎌ケ谷市立第二中学校並びに柏日体高等学校(現・日本体育大学柏高等学校)を卒業している[4][5]。高校在学中はラグビー部に所属し[4]、ポジションはスタンドオフだった。高校卒業後は神田外語学院に進学。

新宿のディスコ「カンタベリー・ハウス」「B&B」においてDJを務め[4][6]、1986年にはリミックス・ユニット『The JG's』を本田勝裕(dj honda)・大場次一らと結成し、リミックスやプロデュースを手がけた。The JG'sでは、「和製洋楽」と言われた「Set The Fire」をはじめとした楽曲がディスコでヒットした。久保田利伸、C-C-B、早見優、岩崎良美、ザ・ピーナッツなど、リミックスを手がけた楽曲も膨大にあり、各社のユーロビート・オムニバス・アルバムのノンストップ・ミックスも多く手がけた。

1988年には初のオリジナル・アルバム『The JG's』を発表。ニューヨークのUnique Recording Studiosでレコーディングが行われ、REGINA、Dan Gilroy (Breakfast Club)、ケンジ・ヒノなど多彩なゲストが参加した。「SHAKE ME DOWN」や「HEAT!」ではメイン・ボーカルも務めた。「TOKIO」のラップは、一部歌詞を変えて後にtrf「Impression of trf」としてセルフカバーした。メンバーチェンジを経て1990年にはシングル「地球は素敵なサーカス」(アメリカサーカスCMソング)、1991年には「SPARK IT UP」(鈴鹿サーキットCMソング)をリリース。

1992年に結成されたTRFでは、ミリオンセラーを多数生み出した。EUROGROOVE・H Jungle with tにも参加。MSTの田代隆廣と共にユニットWEST 87としても活動、「CAFE」では日本ダンスチャートの1位を獲得し、ラテンディスコ(ラテングルーヴ)ブームのきっかけを作った。プロデュース・ユニット「the Factory」として井手麻理子を発掘、V6にも楽曲を提供。1996年、宇都宮隆のライヴツアー『Tour '96 easy attraction』にゲスト参加し、TM NETWORKの楽曲『DIVE INTO YOUR BODY』のDJを担当した。TRFにおいては作詞・作曲も手掛けた。

全盛期のテレビ出演及びライブ時には前にターンテーブル、CDJ、ミキサー、横及び後ろにシンセサイザーを配置していた。視聴者からキーボーディストと勘違いされることがしばしばあったが、シンセサイザーは、サンプリング音がアサインされた鍵盤を叩くほかはカラ弾きの場合が多く、あくまでDJだった。

2000年にはTRFのノンストップリミックス・アルバム『Burst drive Mix』を発売。2002年にはマニピュレーターのTessey Nakanoと共にユニット「PHAL」としてマキシシングル「zento with PHAL」を発表、2004年にはFENCE OF DEFENSEの山田わたるとユニットWILLを結成、2006年にはアルバム『Nagi 〜A Moment of Clarity〜』を発売。天上智喜の楽曲の編曲も担当した。

2007年3月放送の『ポップジャム』の最終回(TRFが出演)では、スペシャルDJとしてDJプレイを披露した。

2013年、アニメ『プリティーリズム・レインボーライブ』では、本人をモデルとしたキャラクター、「DJ.Coo」が登場。森久保祥太郎が声優を担当。主題歌や挿入歌でもTRF往年のヒット曲カバーが多数用いられた。

2014年からはバラエティタレントとしても活動しており、頓珍漢な天然ボケ・エピソードを次々と披露し、バラエティ番組で引っ張りだことなっている[7]。

2015年、『avex ミュージックけん玉 DJ KOO fromTRF』発売。

2016年、書籍『EZ DO LIFE!』発売。

2017年、『DJ KOO CLUB MIX -PARTY HITS MEGAMIX-』リリース。9月25日、脳動脈瘤の手術を受けていたことを公表[8]。

2018年、『DJ KOO CLUB MIX -PARTY HITS MEGAMIX 2-』をリリース。孝藤右近とのユニット「UKOON」として盆踊りに出演。公式YouTubeチャンネル『YouTuber DJ KOO』開設。 同年8月、中野駅前大盆踊り大会のメインサポーターとして参加。以降、毎年ゲスト参加を続けるとともに、活動は大会規模を拡大させる契機の一つとなった[9]。

2019年11月9・10日には「アイドルマスター シンデレラガールズ7th LIVE TOUR Special 3chord♪ Funky Dancing! @NAGOYA DOME」にてサプライズ出演。「EZ DO DANCE」でシンデレラガールズとコラボレーションしたほか、2日目にはシンデレラガールズの楽曲をリミックスしてDJプレイも披露した[10][11]。以降も『シンデレラガールズ』関連と係わりを持ち、2020年8月21日からはゲーム『アイドルマスター シンデレラガールズ スターライトステージ』でコラボキャンペーン「DJ KOOのデレステ最KOO!」が開催され、DJ KOOがMixを手掛けたメドレー楽曲の収録や期間限定で本人役としてゲーム内に登場などが行われた[12][13]。9月6日未明には生配信番組「THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS LIVE Broadcast 24magic 〜シンデレラたちの24時間生放送!〜」の1コーナー「Funky Dancing Night!」に出演し、ここでもシンデレラガールズやTRFの楽曲をリミックスしてのDJプレイを行った。

2021年4月、大阪芸術大学芸術学部演奏学科の客員教授に就任。DJのスキル・テクニック・パフォーマンスなど技術面とともに、歴史や変遷なども講義している[14]。

2022年9月、SAMとともに、京都府京丹後市「いきいき健康長寿応援大使」に就任[15]。

2024年8月30日には、SAMと結成したJ-RAPユニット『B.O.C』としてデビュー。ユニット名は「BEEF OR CHICKEN?」の略で、SAMとDJ KOOがTRFとしてデビューする前、海外へ向かう旅客機で毎回乗務員から「BEEF OR CHICKEN?」と尋ねられていたことが由来になっている。同日にリリースしたデビュー曲「NARIYAMA NIGHT」には、フィーチャリング・アーティストとして呂布カルマ、作曲・編曲として小室哲哉、リリック(作詞)としてDJ CHARI、Ry-laxが参加している[16]。

2025年10月1日、ハロー!プロジェクトのグループ「BEYOOOOONDS」とのコラボで、シングル『最KOO DE DANCE』をリリース。オリコン初登場で2位を記録した[17]。

2026年3月、女性アイドルグループBright Charmに対して、初の楽曲提供『SHININ'BABY〜BEATでとりKOO〜』を行った[18][19][20][21][22][23][24][25][26][27]。

人物

一人っ子[28]。小学校の頃は沢田研二の大ファンだった[28]。小・中・高校時代は千葉県で過ごす[29]。1980年には芸人としてバラエティ番組『笑ってる場合ですよ!』(フジテレビ)に出演してDJネタを披露したことがあり[4]、親交のある古坂大魔王からは「元々芸人」と評されている[30]。

有名になる前のDJ機材は自費であり、給料だけでは足りず、複数の消費者金融から借金をしていた。更に機材のセッティングや撤収も全て自分で行っていた。ブレイク後の機材は自分の希望するものを会社が準備してくれるようになり、機材のセッティングや撤収もスタッフが行う様になった。DJミキサーには「dAnce to positive」ツアーから、オーディオテクニカのAT-MX200“DJ KOO”スペシャルモデルを使用し、AT-MX45には、開発段階から関わった。カートリッジはATDS3を愛用している。パイオニアのCDJを初期段階から愛用した。

大の落語ファンで、古風な江戸っ子[4]。作曲家・伊福部昭を尊敬するゴジラ・フリークであり、2014年公開の映画『GODZILLA_ゴジラ』では、自らの売り込みでオフィシャル・サポーターに任命された。外国産クワガタの知識も豊富[7]。ブラジリアン柔術、サーフィン、けん玉、卓球の経験もある。

日本盆踊り協会 特別芸術顧問。

パン好きを公言しており、日に最低3個、年間1000個以上は食べるという[31]。パン好きになったきっかけは、2017年に出演した健康バラエティ番組で受けた脳ドックで脳動脈瘤が見つかったことに端を発する。番組に出演していた医師に手術をしてもらうため、北海道札幌禎心会病院に長期入院した[32]。術後の経過も良く、普通食を食べられるまでに回復した頃、付き添っていた妻に「美味しいパンが食べたい」と告げたところ、小樽洋菓子舗ルタオ本店の塩バタークラウン(塩パン)を用意してくれた。その美味さに感激してからパン好きになったという。パンシェルジュ検定(3級)を取得すべく過去4回受験しているが、いずれも不合格である(2025年10月時点)。

中高生時代は、ハードロックやヘヴィメタルに傾倒するロック少年だった。トニー・アイオミ、リッチー・ブラックモア、ジミー・ペイジ、山本恭司、加納秀人、森園勝敏らのギタープレイに憧れ、将来はギタリストになりたいとエレキギターに打ち込んだ。級友らとバンドを組みブラック・サバスのコピーなどをしていた。1979年にはアマチュアバンドコンテストEastWestに出場(優勝したのはうじきつよし率いる子供ばんど[33])。出場バンドのプレイを目の当たりにして「自分のテクニックでは敵わない」と感じ、プロのギタリストになる夢を諦めた。挫折した気持ちを紛らわせるように、ディスコに通い遊ぶようになる。そこで、当時まだ日本では目新しかったクラブDJが目に留まる。自分だけのブース・ポジションを持ち、フロアで踊る人々を楽しませている存在を「カッコいい」と感じ、DJへの転身を決意。ターンテーブリズム(英語版)を習得する。

横浜ベイサイドクラブのイベント「TK RAVE FACTORY」を開催する際に、横浜ベイサイドクラブからDJ KOOにオファーが舞い込み、主催者の小室哲哉の音楽への造詣の深さに感動し、「押しかけ付き人」と称して小室の作業を見ながらリハーサル・レコーディング作業・雑用等をこなした。「EZ DO DANCE」から事実上の共同プロデューサーとしても関わるようになり、主に小室から仮歌が入ったデモテープと簡単なイメージワードをもらい、その意図をくみ取る形でYU-KIのボーカルのディレクション・ピッチ修正・リズム修正・ノイズ処理等のミキシング作業をDJ KOOとYU-KIの主導で行っていき、出来上がったボーカル音源を小室と2人でチェックするという流れが基本として出来上がった[34][35][36]。その他にも小室の色々なセッションにクレジットの有無に関わらず必ずスタッフとして付くようになり[37]、マルチトラック・レコーダーが回る前からレコーディング作業に関わるようになる。小室とサウンド関連のコンセプトのミーティングを行い、マニピュレーターとして既に存在しているプリセット音源のデータを基にダンサーが踊りやすいリズムを開発・修正していた。ハイハットの音色が1個入る所からプロモーションまで密着し、マルチトラック・レコーダーを抱えて次のスタジオに走ることもあった[38][39][36]。

テレビ・ライブ等の表舞台に出る際は「1時間半のワンパートでフロアを盛り上げる」という本来のDJの仕事から外れ、「平均3分・1曲の間を盛り上げて」という小室の指示に応えるために、公演毎にグルーヴをその場でボタン1つで変えたり、観客を普段のDJのノウハウ通りにアクションで煽り、自分のブースやビジュアルにインパクトを持たせることで対応した。最も当時は「盛り上げる」というより「何とか3分持たせる」ことができるように努めていた[36]。

TRFの黄金期には、ドレッドロックスをしていた(本人曰く、ジーザス・ジョーンズを意識したとのこと[28][40])。街頭スピーカーのメーカー名を予め下調べしてから番組ロケに臨むなど、特異な傾向がしばしばある。風貌から魔法使い(悪い魔法使い)と言われがちな事を逆手に取り、とある楽曲の方向性について、“呪いっぽい感じがいい。”とそれらしい発言をしたところ、冗談と受け取られなかったエピソードがある。後にそれは呪いではなくノリだったと撤回しているが、現在でも「帽子とって!」と言われると「呪っちゃうぞ!」と返す定番ネタとして定着している。1990年代半ば以降のメディア露出は、基本的にサングラスと帽子というスタイルである(サングラスについては、時々外すことがある)。

全く酒が飲めない下戸である。風貌からのイメージで酒豪だと思い込んだYOSHIKI(X JAPANリーダー)から「KOOちゃん飲めるでしょ 」と乾杯の酒を勧められ、断れずに飲んだ後トイレで気絶したことがある。「本当に飲めないんだね 」とYOSHIKIが悪い笑みを浮かべながら背中をさすってくれたという逸話がある。因みに飲み会には小室哲哉とSAMも同席していた。わずかな量で意識が無くなると告白し、更には呼吸停止に陥った事もある。酒好きのYU-KIからもよく飲まされている。

4歳年下の妻と娘がいる[4]。恐妻家であり、お小遣い制でクレジットカードも持たせてもらえないという[41]。また、妻は旅行の行先も教えてくれず、さらにKOOは自分が賃貸に住んでいるのか分譲に住んでいるのかも把握できていない[7]。子煩悩で、授業参観や保護者会にも積極的に参加していた。仕事柄ヘアスタイルが派手であったため、せめて服装はと毎回スーツを着用して臨んでいたという[7]。

海外旅行する際は、TVリモコンを持っていく。TRFのミュージック・ビデオ撮影でドバイへ向かった際、現地空港で取調室に連れていかれた。自分は音楽家であることをアピールし、「EZ DO DANCE」のラップを披露して危機を免れた[7][42]。

風貌とは裏腹に真面目な性格で、バラエティ番組のアンケートには事細かに答え、もし取材NGの場所があった時の予備も書いてあり、書き切れない際は別紙に書いて提出する。またバラエティ番組に出演するときは、事前にその番組のVTRや予習ノートを付けて予習をしている[4]。その理由としてKOO曰く「芸人と同じ戦場(番組)で戦うための唯一の手段が予習」であり、バラエティ番組に出演するようになってからは、一つの仕事に必死で意気込む芸人の姿を見て尊敬するようになった。予習は、芸人に対する敬意である[43]とのこと。予習のみならず復習も欠かさない。自身が出演した番組の映像は妻子とともに見ており、見終わったら全員で反省会をする。妻子から駄目出しを食らうこともしばしばある[44]。

「アイドルマスター シンデレラガールズ スターライトステージ」のプロデューサー(通称P。この項目ではゲームプレイヤーやファンを表す総称の意味)でもある。「アイドルマスターシンデレラガールズ7th LIVE TOUR Special 3chord♪ Funky Dancing! @NAGOYA DOME」に出演した。以後シンデレラガールズ スターライトステージのPとして度々SNSにて活動の様子を採り上げている[45][46]。

Hello!Project(以下、ハロプロ)の熱心なファンであることを公言している[47]。これはモーニング娘。(特に当時メンバーであった加賀楓)のファンであった実娘の影響が大きく[48]、2017年の脳動脈瘤手術に伴う療養生活中にハロプロの楽曲を娘から聞かされたことを理由の一つに挙げている[49]。実際のコンサートやイベントにも足を運ぶほか、2019年11月にはBEYOOOOONDSの1stアルバム『BEYOOOOOND1st(初回限定版B)』の特典ドラマCDにゲスト出演。2021年8月にテレ朝チャンネル1・スカパー!の特番『Hello! Project presents…「ソロフェス!2」』の審査員を務める[50]など公私の枠を超えた関わりを見せている。2025年には自身のDJ活動45周年プロジェクトとして、BEYOOOOONDSとのコラボレーションシングル『最KOO DE DANCE』(DJ KOO × BEYOOOOONDS名義) をリリース。8月にはLa La arena TOKYO-BAYで行われたハロプロ全体のコンサート「ハロコン!2025」にゲスト出演を果たした[51]。

17 Liveのライバー。

作品

シングル

  • HAPPY CLAP(配信限定)(2019年10月25日)
  • GIRLS LIKE ME(配信限定)(2019年11月1日) - aolo Ortelli a.k.a. Spankers, DJ KOO ft. Simona Nae名義
  • brave up!! feat.DJ KOO(lol-エルオーエル- )
  • CINDERELLA NONSTOP MEDLEY -DJKOO Mix-(2020年8月21日) - ゲームアプリ内限定
  • TRF×CG -DJKOO Mix-(2020年8月21日) - ゲームアプリ内限定
  • EVERYBODY! EVERYBODY!/YOU YOU YOU(2021年5月19日) - 芹澤優 with DJ KOO & MOTSU名義[52]
  • NARIYAMA NIGHT feat. 呂布カルマ, Ry-lax, DJ CHARI & 小室哲哉(配信シングル)(2024年8月30日)- B.O.C名義[16]
  • 最KOO DE DANCE(2025年10月1日、2025年8月2日に先行配信) - DJ KOO x BEYOOOOONDS名義[53][54]
2位(オリコンCDランキング)[17]

アルバム

  • DJ KOO CLUB MIX –PARTY HITS MEGAMIX-(2017年6月14日) FARM-449
  • DJ KOO CLUB MIX –PARTY HITS MEGAMIX 2-(2018年3月21日) FARM-470
  • KING OF PARTY mixed by DJ KOO(2019年11月6日) FARM-507
  • DJ KOO 17 MUSIC FACTORY(17 Livers with DJ KOO)
  • DanceDanceRevolution 20th Anniversary Non Stop Mix Mixed by DJ KOO

DVD

  • 佐々木彩夏「AYAKA-NATION 2017 in 両国国技館 LIVE DVD」(2018年6月6日) KIBM-728/9
19位(オリコンDVDランキング)

Blu-ray

  • 佐々木彩夏「AYAKA-NATION 2017 in 両国国技館 LIVE Blu-ray」(2018年6月6日) KIXM-325
5位(オリコンBlu-rayランキング)

著書

  • EZ DO LIFE! 人生はいつだって“今”がいちばん楽しい!(2016年2月25日、小学館)ISBN 978-4-09-363738-1
  • DJ KOO流 心・体・脳の整え方(2022年8月1日)

主な出演

テレビ番組

ドラマ

ラジオ

CM

映画

Web番組

MV

テレビアニメ

ゲーム

脚注

出典

  1. 1 2 “DJ KOO”. avex 公式サイト. エイベックス. 2024年10月14日閲覧。
  2. ↑ “DJ KOO”. エイベックス・ポータル. エイベックス. 2025年9月6日閲覧。
  3. ↑ 千葉テレビ (2026年8月7日). “鎌ケ谷市スペシャルサポーターにDJKOOさん 市内中学校出身「恩返しを」”. NEWSjp. ノアドット株式会社. 2026年8月8日閲覧。
  4. 1 2 3 4 5 6 7 “芸人で芽が出ずディスコへ DJ KOOの意外な経歴(2/3)”. 日刊ゲンダイ (2015年1月26日). 2015年1月26日閲覧。
  5. ↑ 総務企画部秘書広報課広報広聴室 (2026年8月6日). “「鎌ケ谷市スペシャルサポーター」の設置について”. 鎌ケ谷市ホームページ. 2026年8月7日閲覧。
  6. ↑ “TRFのボーカルYU-KI等メンバーのプロフィールを徹底解剖!”. LIVEFREAK (2014年8月11日). 2014年7月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年1月25日閲覧。
  7. 1 2 3 4 5 “TRFのDJ KOO仰天エピソード連発でバラエティに引っ張りだこ”. ドワンゴジェイピーnews. ドワンゴ. 2014年6月18日. 2022年4月27日閲覧.
  8. ↑ “TRFのDJKOOが脳動脈瘤手術「体調の回復を見て活動再開」”. ORICON NEWS. oricon ME. 2017年9月26日. 2017年9月26日閲覧.
  9. ↑ “あの人気DJ KOO認!「EZ DO DANCEで盆踊り」”. atpress (2018年). 2025年9月12日閲覧。
  10. ↑ “『アイマス シンデレラガールズ』“Funky Dancing!”(名古屋公演)1日目リポート――DJ KOOがサプライズ出演! 初お披露目楽曲も多数でナゴヤドームが熱狂のダンスフロアーに”. ファミ通.com (2019年11月9日). 2019年11月11日閲覧。
  11. ↑ “『アイマス シンデレラガールズ』7thライブ“Funky Dancing!”(名古屋公演)2日目リポート――アツい楽曲の数々で、プロデューサーたちを大興奮の渦に巻き込んだ4時間”. ファミ通.com (2019年11月10日). 2019年11月11日閲覧。
  12. ↑ “「デレステ」、コラボキャンペーン「DJ KOOのデレステ最KOO!」を開催! アイドルたちがTRFの楽曲をカバー”. GAME Watch (2020年8月21日). 2020年8月21日閲覧。
  13. ↑ D J K O O [@DJKOO_official] (2020年8月21日). “デレステ最KOO!コラボ開催中!! a-nationのリハ中でまだ出来てないんだけど!! Mix楽しめてますか!? #デレステ #アイマス #DJKOO”. X(旧Twitter)より2022年4月27日閲覧.
  14. ↑ “「仕事選べよ」と罵声浴びたDJ KOO、52歳でバラエティ番組デビューした理由 大学客員教授として初講義”. まいどなュース. 2022年1月21日. 2022年11月15日閲覧.
  15. ↑ “「いきいき健康長寿応援大使」に TRF の SAM・DJ KOO が就任!”. 京丹後市. 2023年1月20日閲覧。
  16. 1 2 “TRFのSAMとDJ KOOがJ-RAPユニットとしてデビュー”. BARKS (2024年8月30日). 2024年8月31日閲覧。
  17. 1 2 “最KOO DE DANCE(DJ KOO盤)”. オリコン芸能人事典-ORICON STYLE. 2025年10月8日閲覧.
  18. ↑ “DJ KOOが新アイドルグループに楽曲提供 初お披露目主催フェスでの共演を熱望”. スポーツニッポン. 2026年7月27日閲覧。
  19. ↑ “DJ KOO DJ生活45周年でアイドルに楽曲初提供「笑顔も個性も本当にキラキラ」”. サンケイスポーツ. 2026年7月27日閲覧。
  20. ↑ “DJ KOO DJ活動45周年で初めてアイドルに楽曲を提供「アイドルソング作りたかった」長年活躍する秘訣もアドバイス”. スポーツ報知. 2026年7月27日閲覧。
  21. ↑ “DJ KOO「45周年でアイドルソング作りたかった」新人Bright Charmに楽曲提供”. 日刊スポーツ. 2026年7月27日閲覧。
  22. ↑ “DJ KOO グループ長寿の秘訣は「解散しないこと」 次世代アイドルグループ「Bright Charm」デビューライブで激励”. 中日スポーツ. 2026年7月27日閲覧。
  23. ↑ “DJ KOO 喜び爆発!アイドルに初楽曲提供 デビューしたばかりBright Charmに”. デイリースポーツ. 2026年7月27日閲覧。
  24. ↑ “DJ KOO アイドルグループに楽曲提供…TRFを引き合いに「解散しないこと!」と助言”. 東スポweb. 2026年7月27日閲覧。
  25. ↑ “Bright Charm、DJ KOO提供曲で鮮烈デビュー! 3月9日、池袋で初パフォーマンス!【コメントあり】”. Yahoo!JAPAN (2026年3月10日). 2026年7月27日閲覧。
  26. ↑ “DJ KOO×Bright Charm「SHININ BABY」でハートをとりKOO!”. avex (2026年3月10日). 2026年7月27日閲覧。
  27. ↑ “【DJ KOO】DJデビュー45周年目にしての初体験。Kawaiiでみんなのハートを“とりKOO”に!!それが、アイドルへの楽曲提供!”. avex porral. 2026年7月27日閲覧。
  28. 1 2 3 “DJ KOO、どん底時代に小室哲哉と運命の出会い。「正直、最初は偏見があった」”. テレ朝POST (2019年5月14日). 2023年1月25日閲覧。
  29. ↑ DJKOOが明かした意外な中学後輩は超有名人 現在の“格差”明かす スポーツニッポン (2025年02月24日)
  30. ↑ “DJ KOOがTRF加入前に芸人だった過去が明かされる”. livedoorNEWS (2014年9月16日). 2015年1月26日閲覧。
  31. ↑ “高見沢俊彦の美味しい音楽 美しいメシ #97 ゲスト:DJ KOO”. 高見沢俊彦の美味しい音楽 美しいメシ. BS朝日 (2025年10月24日). 2024年10月24日閲覧。
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  33. ↑ “EastWest'79”. ヤマハイベントアーカイブ. 2010年1月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年9月25日閲覧。
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  37. ↑ ソニー・マガジンズ刊『WHAT's IN?』1995年12月号「brand new man of trf 新たな挑戦を確かな実力に変えて」pp.33-35、「Xmas Music 読本'95 安室奈美恵 SPECIAL INTERVIEW」p.86より。
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  39. ↑ ソニー・マガジンズ刊 『WHAT's IN?』1996年4月号「trf “キミ”に想いを込めて」p.73より。
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