1934 FIFAワールドカップ・予選
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/28 19:31 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動1934 FIFAワールドカップ 地区予選は、32のナショナルチームがエントリーした。本大会に出場できるのは16チームで、初出場したのはオーストリア、チェコスロバキア、エジプト、ドイツ、ハンガリー、イタリア、オランダ、スペイン、スウェーデン、スイスである。
出場枠
欧州 (UEFA) |
南米 (CONMEBOL) |
北中米カリブ海 (CONCACAF) |
アフリカ (CAF) |
アジア (AFC) |
オセアニア (OFC) |
合計 | |
本大会 出場枠 |
12 | 2 | 1 | 0.5 | 0.5 | 0 | 16 |
開催国のイタリアも本大会に出場するには予選を勝ち抜く必要があった。また、前回優勝国のウルグアイは予選にエントリーしなかった[1]。
予選の方式
大陸別(アフリカとアジアは一緒に組む)にグループを組んで、限られた上位のチームが本大会へ出場できる。それぞれグループの予選方法は以下の通りである。
- グループ1~8 - UEFA
- グループ1 - 3チームで、3試合行われる。上位1チームが出場する。
- グループ2 - 2チームで、2試合行われる。合計の得点で多かったチームが出場する。
- グループ3 - 2チームで、2試合行われる。合計の得点で多かったチームが出場する。
- グループ4 - 3チームで、6試合行われる。上位2チームが出場する。
- グループ5 - 2チームで、2試合行われる。合計の得点で多かったチームが出場する。
- グループ6 - 3チームで、3試合行われる。上位2チームが出場する。
- グループ7 - 3チームで、3試合行われる。上位2チームが出場する。
- グループ8 - 3チームで、3試合行われる。上位2チームが出場する。
- グループ9・10 - CONMEBOL
- グループ9 - 2チームで試合を行う。
- グループ10 - 2チームで試合を行う。
- グループ11 - CONCACAF
- グループ11 - 4チームで、パラマストーナメント方式で行う(準々決勝・準決勝・決勝)。準々決勝と準決勝は3回ずつ、決勝は1回対戦し、決勝戦の勝者が出場する。
- グループ12 - AFC・CAF
- グループ12 - 3チームで試合を行う。
各グループ予選
グループ1
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
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4 | 2 | 2 | 0 | 0 | 8 | 2 | +4 |
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0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 2 | -2 |
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0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 2 | 6 | -4 |
スウェーデンが2試合目で出場権を得たので、エストニア対リトアニアの試合は行わず[2]。
グループ2
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
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4 | 2 | 2 | 0 | 0 | 11 | 1 | +10 |
![]() |
0 | 2 | 0 | 0 | 2 | 1 | 11 | -10 |
グループ3
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
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2 | 1 | 1 | 0 | 0 | 4 | 0 | +4 |
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0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 4 | -4 |
ギリシャは途中棄権したため、2試合目は行われずイタリアの出場が決定した[2]。
グループ4
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
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4 | 2 | 2 | 0 | 0 | 8 | 2 | +6 |
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2 | 1 | 1 | 0 | 0 | 6 | 1 | +5 |
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0 | 3 | 0 | 0 | 3 | 3 | 14 | -11 |
ブルガリアは途中棄権したため、残りの試合は行われずハンガリーとオーストリアの出場が決定した[2]。
グループ5
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
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4 | 2 | 2 | 0 | 0 | 4 | 1 | +3 |
![]() |
0 | 2 | 0 | 0 | 2 | 1 | 4 | -3 |
グループ6
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
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3 | 2 | 1 | 1 | 0 | 4 | 2 | +2 |
![]() |
2 | 2 | 1 | 0 | 1 | 2 | 3 | -1 |
![]() |
1 | 2 | 0 | 1 | 1 | 3 | 4 | -1 |
グループ7
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
![]() |
4 | 2 | 2 | 0 | 0 | 9 | 4 | +5 |
![]() |
1 | 2 | 0 | 1 | 1 | 6 | 8 | -2 |
![]() |
1 | 2 | 0 | 1 | 1 | 6 | 9 | -3 |
グループ8
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
![]() |
2 | 1 | 1 | 0 | 0 | 9 | 1 | +8 |
![]() |
2 | 1 | 1 | 0 | 0 | 6 | 1 | +5 |
![]() |
0 | 2 | 0 | 0 | 2 | 2 | 15 | -13 |
ドイツとフランスが2試合目で出場権を得たので、ドイツ対フランスの試合は行わず[2]。
グループ9
グループ10
グループ11
第1ラウンド
第2ラウンド
最終ラウンド
アメリカ合衆国の出場が決定した。
グループ12
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
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4 | 2 | 2 | 0 | 0 | 11 | 2 | +9 |
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0 | 2 | 0 | 0 | 2 | 2 | 11 | -9 |
トルコが棄権したため、2チームが出場権を争った。
本大会出場チーム

チーム | 出場回数 | 連続出場回数 | 前回出場年 |
---|---|---|---|
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2 | 2 | 1930 |
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1 | 1 | - |
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2 | 2 | 1930 |
![]() |
2 | 2 | 1930 |
![]() |
1 | 1 | - |
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1 | 1 | - |
![]() |
2 | 2 | 1930 |
![]() |
1 | 1 | - |
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1 | 1 | - |
![]() |
1 | 1 | - |
![]() |
1 | 1 | - |
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2 | 2 | 1930 |
![]() |
1 | 1 | - |
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1 | 1 | - |
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1 | 1 | - |
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2 | 2 | 1930 |
脚注
- ^ Hart, Jim (2016年7月27日). “When the World Cup rolled into fascist Italy in 1934” (英語). These Football Times. 2022年6月25日閲覧。
- ^ a b c d “FIFA World Cup 1934 - qualifying”. www.11v11.com. 2022年6月25日閲覧。
外部リンク
「1934 FIFAワールドカップ 地区予選」の例文・使い方・用例・文例
- 1934年のナチスの政権掌握
- 米国のプロ野球選手で、ベーブ・ルースより多くのホームランを打った(1934年生まれ)
- 米国の作家で、人種紛争についての詩と演劇を書いた(1934年生まれ)
- オランダの建築家で都市計画者(1856年−1934年)
- アメリカ人の遺伝学者で、一匹のマウスから別のマウスに機能的遺伝子を移動することに成功した(1934年生まれ)
- 米国のテニス選手で、全米、全英、全仏、全豪の選手権を同じ年(1953年)に制した最初の女性(1934年−1969年)
- 英国のオーケストラ作品の作曲家(1862年−1934年)
- 米国の作家(1934で生まれ)
- 英国の合唱音楽と管弦楽曲の作曲家で、作品には歌、室内楽、ブラスバンドだけではなく2曲の交響曲がある(1857年−1934年)
- 英国の画家で美術批評家(1866年−1934年)
- ソビエト宇宙飛行士で、1961年に宇宙旅行をした最初の1人であった(1934年−1968年)
- 米国の建築家で、摩天楼の発展に影響した(1859年−1934年)
- 英国の動物学者で、野生のチンパンジーの研究で知られる(1934年生まれ)
- 米国のクラリネット奏者で、1934年にビッグバンド(黒くて白人のミュージシャンを含んでいる)を形成して、スイングとして知られている一種のジャズを紹介した(1909年−1986年)
- ドイツの化学者で、空気中の窒素からのアンモニアの合成生産で知られる(1868年−1934年)
- 米国のオペラのメゾソプラノ歌手(1934年生まれ)
- イタリアの映画女優(1934年生まれ)
- 米国の野球選手でマネージャー(1873年−1934年)
- 米国のダンサーで、初の黒人クラシックバレエ団を結成した(1934生まれ)
- 米国の映画製作者(1934年に誕生)
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