降雨のメカニズム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/25 15:38 UTC 版)
尾鷲の降水量は日本国内の気象官署のうち、1981年から2010年の平均値で第4位となる3848.8mmである。これは東京(1528.8mm)の2.5倍に達する。一方で日照時間は日本の平均値とほぼ同じ1946.9時間であり、東京の1876.7時間よりも長い。すなわち一度に降る雨量が非常に多いのである。降水量が比較的少ない甲府と尾鷲を比較すると、尾鷲の降雨量は甲府の3.7倍に達するが、1日の雨量が1㎜以上の日数では尾鷲は甲府の1.4倍と大差がない。しかし1日の雨量が30㎜以上の日数で見ると尾鷲は甲府の5.6倍にもなる。ただし1時間など短時間の雨量を西南日本の他の多雨地域と比較すると、突出して尾鷲が多いわけでもないということが明らかにされている。 尾鷲の主な気候要素は次の通りである。尾鷲の降水量はどの月も東京を何倍も上回っているが、特に台風が接近・通過する夏から秋にかけての時季に降水量が多くなる。 尾鷲(1981〜2010)の気候月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月年最高気温記録 °C (°F)21.2 (70.2) 27.1 (80.8) 26.1 (79) 30.3 (86.5) 32.6 (90.7) 37.3 (99.1) 38.0 (100.4) 38.4 (101.1) 36.6 (97.9) 31.2 (88.2) 29.8 (85.6) 24.3 (75.7) 38.4 (101.1) 平均最高気温 °C (°F)11.8 (53.2) 12.0 (53.6) 14.9 (58.8) 19.4 (66.9) 22.8 (73) 25.5 (77.9) 29.2 (84.6) 30.4 (86.7) 27.7 (81.9) 23.0 (73.4) 18.5 (65.3) 13.9 (57) 20.76 (69.36) 平均最低気温 °C (°F)1.6 (34.9) 2.1 (35.8) 4.9 (40.8) 9.8 (49.6) 14.1 (57.4) 18.4 (65.1) 22.4 (72.3) 23.1 (73.6) 20.3 (68.5) 14.3 (57.7) 8.8 (47.8) 3.8 (38.8) 11.97 (53.53) 最低気温記録 °C (°F)−6.9 (19.6) −6.2 (20.8) −5.0 (23) −1.9 (28.6) 2.8 (37) 8.6 (47.5) 13.8 (56.8) 12.6 (54.7) 9.4 (48.9) 3.7 (38.7) −1.3 (29.7) −4.6 (23.7) −6.9 (19.6) 降水量 mm (inch)100.7 (3.965) 118.8 (4.677) 253.1 (9.965) 289.4 (11.394) 371.8 (14.638) 405.7 (15.972) 397.2 (15.638) 468.2 (18.433) 691.9 (27.24) 395.7 (15.579) 249.8 (9.835) 106.5 (4.193) 3,848.8 (151.529) 平均降水日数 (≥ 1.0 mm)6.0 6.5 10.7 10.1 11.5 14.4 13.1 12.0 13.8 11.1 7.8 5.2 122.2 % 湿度60 60 64 68 74 81 82 80 79 75 70 64 71.4 平均月間日照時間179.4 168.3 184.0 183.9 173.7 129.5 155.7 175.3 130.5 142.4 151.9 177.9 1,952.5 出典: 気象庁 尾鷲に多量の降雨をもたらすメカニズムは地形性降雨により説明できる。尾鷲市は熊野灘に面し、沖合には黒潮(日本海流)が流れているため、熊野灘からは1年を通して暖かく湿った空気が供給される。この空気は海風となって尾鷲に吹き付け標高1000m級の紀伊山地に衝突し、斜面に沿って上昇していく。紀伊山地を越える頃には暖かかった空気の塊は5 - 6℃まで低下し、水蒸気が雲を形成する。この雲に熊野灘から続々と暖かな空気が流れ込むことで一気に膨張し、尾鷲に多量の雨をもたらす。尾鷲湾岸から紀伊山地の大台ヶ原山まで14.5kmと近い上、急激に高度が上昇する地形、深く谷が刻まれた地形になっていることが尾鷲に多量の雨をもたらす雲を生成する要因となっている。日本では、南東風が長時間持続するときに地形性降雨が発生する可能性が極めて高いという特徴があり、尾鷲が大台山系の南東に位置することや、東風または南東風が下層で吹くと尾鷲の地形により周辺から空気が集まりやすいことから局地的に雨が降りやすくなるのである。この時に降る雨は対流性の雲によってもたらされ、見かけ上はこの雲に海から来た積乱雲が突入しているようである。しかし実際には、積乱雲の周りにも風の影響で局地的な対流性の雲が継続的に発生する状況が維持されているがために、対流性の雲がその場に停滞しているように見え、そこに積乱雲が突入するように見えるのである。また梅雨・夏季の季節風・台風・秋雨といった日本全国で多雨となる気象条件がさらに尾鷲の降水量を増加させる。台風時の尾鷲は、台風接近とともに大雨が降り始め、通過後も一部影響が残りしばらく雨が続くという降雨の特徴がある。特に台風が尾鷲の西側を通過すると雨が残りやすい。その理由は台風が反時計回りに南の高温多湿な空気を巻き込むためであり、南東を海に面する尾鷲ではごく自然な現象と言える。 尾鷲の雨が地形性降雨であることは、アメダスの観測データからも示唆が得られる。1時間の雨量が10mm以上の時の風向に着目すると、尾鷲では東風(=海側からの風)が吹いている時に最も降雨が多いのに対し、尾鷲近隣の紀伊長島(紀北町)や熊野では東南東からの風が吹いている時に最も降雨が多くなっている。また尾鷲に近接するにもかかわらず、紀伊長島や熊野の年間降水量は尾鷲の半分以下である。このことから尾鷲の微地形が降雨に影響を与えていることが推察される。さらに上空の風向に注目すると、高度1000m以下では北東風・東風の時に尾鷲周辺で降雨が多くなるが、それ以上の高度では北東風の時に尾鷲の降雨が多いという特徴が薄れる。以上から尾鷲の雨には紀伊山地のほか、尾鷲市街の南に控える高峰山(1045m)や八鬼山(627m)などの山岳が影響を与えていることが示唆される。 武田喬男らの研究によると、南東風が吹く時の尾鷲の地形性降雨には2種類のパターンがあり、1つは山側(内陸側)に降水量の最大値が来るタイプ、もう1つは尾鷲などの沿岸部に降水量の最大値が来るタイプである。南東風がより強い時に前者となる傾向がある。 以上のような解説がなされる一方で、地形による降水量の増幅過程は複雑であり未解明の部分が多く、南西風が強く吹く場合でも集中豪雨は起きることから、更なる研究の深化が待たれている。
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