長距離路線用
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※ここでいう「長距離路線用」とは、長崎市内 - 長崎空港連絡バスを除く、一般道のみで都市間を結ぶ路線(「ありあけ号」を含む)に使用される車両や、高速道路経由で長崎県内を結ぶ路線に使用される車両のことを指す。 ベース車は路線バス(三菱ふそうMP系など)であるが、エアサス車で、前乗り前降りのトップドア(1扉)車であり、側窓も大型の引き違い窓である、また一部は雲仙地区の登山路線での運用を考慮したターボ過給エンジン搭載車であるなど、市内路線用車とは仕様が大きく異なる。 また車内も、リクライニング機構にシートベルト、背面には灰皿・荷物入れ及び栓抜きが付いた補助席付きのハイバックシートを備え、シート設置面も座席からは段上げされており、天井には荷物棚を備えるなど、長距離乗車に適した仕様となっており、貸切バスや観光バスとして使用されることもあった。一部の車両では、マイクジャックやガイド用背もたれを備えているほか、日よけも市内路線用車に多い巻き上げ式ではなく、横引きカーテンとなっている。 ただし、導入年によって前後扉車であったり、シートのリクライニング機構がなかったり、路線バスではなく観光バス(特に高速道路経由路線用)をベースとした車両もある。また、いずれもツーステップ車であり、このタイプの車両は2000年(平成12年)を最後に導入されていない。以後の経年車の代替には、貸切車・高速路線車からの転用車や、他事業者からの中古車両が充てられている。 2007年(平成19年)の島原半島撤退時には、このタイプから10台が島原鉄道に移籍している(前乗り前降りのトップドア7台、後乗り前降り3台。ナンバーはそのまま)。 島原半島方面の路線廃止やバリアフリー法適合車の運用拡大により、このタイプの車両の運用範囲は縮小しているが、スクールバス運用などではこのタイプが運用に就く機会が比較的多い。 なお、このタイプには1992年(平成4年)に日本宝くじ協会から寄贈されたレトロバス(ベースはエアロバスハイデッカー)や、1999年(平成11年)に導入したセレガHIMRも含まれる。 1992年(平成4年)以降は九州急行バスから移籍した車両(西工S型)が何台かあり、トイレを閉鎖した上で使用されていたが、2007年(平成19年)現在全車廃車となった。これらの移籍車は全車再登録車であったため、九州急行時代の長崎所属車でもナンバーは承継していなかった。 長距離路線仕様車の例(5E18) かつての長崎 - 雲仙間準急便 レトロバス(4R11) セレガHIMR
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長距離路線用
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当初は長距離路線用車も市内路線用と同じくカーキ色と緑色のツートンカラーであった。1957年(昭和32年)から、外国人専用車向けに、白色を基調に屋根部分を灰色、前面行先表示器部及び側面下部を水色とし、灰色と薄緑色からなる線を2本入れた塗色の採用が始まり、これを基調とした塗色(ギャラリー参照)が1960年代後期頃以降から長距離路線車用に広く採用されるようになった。この塗色は、1990年(平成2年)の導入車まで採用された。市内路線用と同様に、1982年(昭和57年)導入車までは車体前面がメーカーエンブレム・側面が旧長崎県章の掲出であったが、1985年(昭和60年)以降に導入された車両では、車体前面、側面とも旧長崎県章が掲出されるようになった。 1991年(平成3年)導入車からは、大部分の車両は後述の貸切・高速バス用カラーに変更され、一部の車両は市内線用の赤基調カラーに変更された。 なお、前述のレトロバス及び日野HIMRは新製時より独自の専用色である。 1960年代から90年代まで使用された長距離路線車塗装(1E18 1993年8月撮影) 独自塗装が施されていたレトロバス(4R12)
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