遺族会統一訴訟
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/22 20:30 UTC 版)
「千日デパートビル火災民事訴訟」の記事における「遺族会統一訴訟」の解説
千日デパートビル火災の被害者遺族は、1972年5月28日に「千日デパートビル火災遺族の会(以下、遺族会と記す)」を発足させ、日本ドリーム観光および千土地観光、ニチイ、O電機商会の右火災関係4社と補償交渉をおこなうことになった。14日早朝に日本ドリーム観光・専務取締役の千日デパート店長は、遺族に対し「遺族への補償、葬儀料、負傷者への治療費、見舞金は日本ドリーム観光が責任を持って決める」「合同葬儀を行い、責任の所在をはっきりさせたうえで完全な補償を目標に努力したい」などと表明した。火災関係4社は、話し合いで「千日デパート被災者対策合同本部(以下、対策合同本部と記す)」を設置し、死亡者に対して一時見舞金100万円、負傷者に対して怪我の程度に応じて20万円から30万円の見舞金を支払うことを決めた。ニチイと千土地観光が葬儀料として1遺族あたり20万円を両社で折半して負担することも決められ、5月25日に東本願寺難波別院(南御堂)で合同葬儀も執り行われた。遺族会が発足して以降、補償交渉は本格的に進められた。遺族会側は火災関係4社に対して「団体交渉」を要求したが、4社側からは「ホフマン方式による一対一の個別交渉」を基本方針にする旨が示され、双方の意見が対立して補償交渉は紛糾した。4社は遺族会に対して補償額の試算を提示し、死者1人につき最高で1,000万円程度、最低で400~500万円、総額で8億円程度の補償になる見込みとした。負傷者については、全快の見込みが立たない場合を除き、一人につき5万円(軽傷者)から30万円(重傷者)までの補償額とすることが決められ、15人の負傷者が補償額に了承した。 火災関係4社は、出火責任について互いに擦り合いをしており、特に日本ドリーム観光とニチイの間では、ニチイの主張によれば「日本ドリーム観光には、ビルおよびテナントに対する保安管理責任がある」といい、また日本ドリーム観光の主張によれば「ニチイには、出火および工事監督責任がある」というなど、利害対立によって双方が自社の責任を認めようとせず、補償交渉が進展しないなどの影響が出始めていた。「対策合同本部」は、9月20日午後に遺族会に対して具体的な補償額などを提示する約束になっていたが、前日の19日に開かれた「最終4社会談」が補償の分担を巡って決裂したことで遺族会側に「延期」を申し入れてきた。そのことをきっかけに4社間の足並みが乱れ始め、ニチイが「対策合同本部」を脱退することを決めたことで、右本部は内部分裂するに至った。ニチイは遺族に対して単独で補償交渉をおこなうことを決めた。ニチイは、責任の所在が不明確な段階ながらも「企業イメージを損なう観点から、これ以上補償交渉を引き延ばすわけにはいかない」として、とりあえず遺族に対する見舞金として一律300万円、総額3億5,400万円を支払うことを決めた。ニチイはこの他に遺族や負傷者に一時見舞金など1億5,000万円をすでに支払っていた。この動きに対して遺族会側は「誠意が感じられる」として見舞金を受け取る遺族が多くみられた。3階で電気工事を請け負っていた「O電機商会」は、資本金100万円の零細企業で、会社の資産といえば土地と建物以外には僅かな余剰金があるばかりで遺族に対して補償できる能力は無かった。それでも「O電機商会」の社長は、会社を清算したうえで土地建物を売却して、余剰金と合わせて「千日補償基金財団」(1,000万円程度)を作り、補償金に充てるとした。「プレイタウン」を経営する千土地観光は、避難誘導の不手際などの責任を認めて、遺族会に補償額を提示したいとの考えを示したが、右同社との間で具体的な交渉は進まなかった。一方、千日デパートの経営者であり、千日デパートビルの所有者でもある日本ドリーム観光は「出火の責任はニチイにあり、我々こそが最大の被害者だ」「我が社はビルを所有しているだけで遺族への補償責任はない。今後は遺族との補償交渉には応じない」という立場を宣明にし、自社の責任を認めた形での補償交渉を頑なに拒否した。これらのことにより火災関係4社で作る「対策合同本部」は解散同然の状態に追い込まれ、雲散霧消した。遺族会は、補償交渉の窓口を失ったことで解決策を「訴訟」に持ち込まざるを得なくなった。 「対策合同本部」解散以降も遺族会に対しては、火災関係4社から誠意ある対応や解決案の提示がなかったことから、遺族会(原告)は1973年(昭和48年)2月19日に火災関係4社(被告)を相手取って大阪地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起した(1次訴訟)。原告団のなかには「大阪市消防局に対しても責任を追及すべき」との意見も出された。大阪市の消防行政が本件ビルに警告を出すだけに終わっていて「火災の未然防止が為されなかった」という理由である。しかしながら訴訟の長期化を避ける意味で大阪市への告訴は見送られた。本件遺族会統一訴訟では、当初の原告は52遺族135名で請求額は13億6,750万円だったが、最終的に犠牲者118名の遺族のうち、2次訴訟(同年3月26日提起)を併せて91遺族247名が原告となり、総額約27億6千万円を被告4社に対して請求した。なお本件火災では、遺族会訴訟の他にも遺族会を脱退した4遺族14名が個別の損害賠償請求訴訟を提起し、1億8千万円の損害賠償を被告4社に請求した。遺族会などが提起した損害賠償請求訴訟は、日本の災害関連の民事訴訟の中では最大の集団訴訟となった(当時)。
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