遺伝コードの縮重
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/22 20:33 UTC 版)
遺伝コードは冗長であるが多義性はない(上掲のコドン表で全ての対応を見よ)。例えばコドン(GAA、GAG)はどちらもグルタミン酸を指定するが(冗長性)、どちらも他のアミノ酸を指定するということはない(非多義性)。一つのアミノ酸をコードするコドンは3つのヌクレオチドのうちどこかで異なる場合がある。例えば、グルタミン酸はコドン(GAA、GAG)によって指定されるが(第3番目の位置でヌクレオチドが異なる)、ロイシンはコドン(UUA、UUG、CUU、CUC、CUA、CUG)によって指定され(先頭と3番目の位置で異なる)、セリンはコドン(UCU、UCC、UCA、UCG、AGU、AGC)によって指定される(先頭、2番目、3番目の位置で異なる)。コドンのヌクレオチドの3つの位置の一つで異なるヌクレオチドによって同じアミノ酸が指定される場合、4重に縮重していると言われる。例えばグリシンのコドン(GGU、GGC、GGA、GGG)の塩基の第3番目の位置はこの位置でのヌクレオチドの置換全てが同義であるため、つまり、対応するアミノ酸に変化を起こさないため4重に縮重した位置である。コドンのうち3番目の位置のみで4重に縮重したものがある。コドンの3つの位置のうち一つであり得る4種のヌクレオチドの2つのみで同じアミノ酸が指定される場合2重に縮重していると言われる。例えばグルタミン酸のコドン(GAA、GAG)の3番目の位置は2重に縮重しており、ロイシンのコドン(UUA、UUG、CUU、CUC、CUA、CUG)の先頭位置も同じである。2重に縮重した位置においては同義性ヌクレオチドは常に何れもがプリンであるか(A/G)、ピリミジンであるか(C/U)であるため、2重に縮重した位置ではトランスバージョン置換(プリンからピリミジンあるいはその逆)のみが非同義である。コドンの3つの位置のいずれかでヌクレオチド置換によってアミノ酸が変化する場合、その位置は縮重がないといわれる。3重に縮重した位置は1つだけあって、4つのヌクレオチドのうち3つの変化がアミノ酸に変化をもたらさないが、残りの1つのヌクレオチドに変わるとアミノ酸が変わる。これはイソロイシンコードの3番目の位置である。コドン(AUU、AUC、AUA)は全てイソロイシンをコードするが、コドン(AUG)はメチオニンをコードする。計算上はこの位置はしばしば2重縮重位置として扱う。 6つの異なったコドンでコードされているアミノ酸は3つある:セリン、ロイシン、アルギニンである。ただ1つのコドンで指定されているアミノ酸は2つだけある。1つはメチオニンで、コドン(AUG)で指定され、これは翻訳の開始も指定する。もう1つはトリプトファンでコドン(UGG)で指定される。遺伝コードの縮重はサイレント突然変異の存在を裏付ける。 縮重があるのはトリプレットコードが20のアミノ酸と1つの終止コドンを指定するからである。塩基が4つあるトリプレットコドンで少なくとも21の異なったコードを実現しなければならない。例えばコドンが2つの塩基だったら16アミノ酸しかコードできない(42=16であるから)。少なくとも21コード必要なので43=64のコドンが実現できてしまうことになって、縮重が起こるのが当然となる。 遺伝コードはこのような性質によって点突然変異のようなエラーに堪えるものとなっている。例えば、理論上4重縮重のあるコドンは3番目の位置の点突然変異がどのように起こっても問題はない。実際は多くの生物でコドンの利用の偏りがこのことに制限を与えるが。2重縮重のあるコドンは3番目の位置の可能な3つの点突然変異のうち1つが起こっても問題はない。トランジション突然変異(プリンからプリンへの、あるいはピリミジンからピリミジンへの突然変異)のほうがトランスバージョン突然変異(プリンからピリミジンへの突然変異、あるいはその逆)よりも起こりやすいから、このような2重縮重位置でのプリンの同等性あるいはピリミジンの同等性は、エラーに強い性質が付け加わることになる。 冗長性のもたらす実際上の結果は、エラーが遺伝コードに起こってもそれはサイレントであって、同じアミノ酸への置換しか起こさないから、タンパク質が変化して疎水性や親水性に変化を及ぼすというようなことはなく、タンパク質に影響の及ばないエラーであるということである。例えばNUN(Nはヌクレオチドを示す)というコドンは親水性のアミノ酸をコードする傾向がある。NCNはアミノ酸残基の大きさが小さく疏水親水性が中間的であり、NANは平均サイズの親水性アミノ酸残基、UNNは非親水性のアミノ酸残基をコードする。 そうは言っても点突然変異が起こると機能の損われたタンパク質が作られる可能性がある。ヘモグロビン遺伝子に突然変異が起こって鎌状赤血球症が起こされる例を取り挙げてみよう。この点突然変異では親水性のグルタミン酸(Glu)が1ヵ所疎水性のバリン(Val)に置き換わっており、β-グロビンの可溶性が低下している。この場合には、突然変異によって、ヘモグロビンは、バリンのグループ間の疎水性相互作用が変化し、それが原因となって直鎖ポリマーとなり、赤血球は鎌状細胞に変形する。鎌状赤血球症は一般に新規の突然変異によっては起こらない。むしろ、マラリア常在地域においてこの遺伝子ヘテロの人々がマラリアのPlasmodium寄生体にいくほどかの抵抗性(ヘテロ体の有利さ)をもつことによって、自然選択作用によって存続している(サラセミアと同様なやり方である)。 このようにアミノ酸に対するコードに変化がもたらされる理由は、tRNAのアンチコドン1番目の塩基が修飾されることにある。こうして形成される塩基対はゆらぎ塩基対と呼ばれる。修飾される塩基はイノシンであったり非Watson-Crick対であるU-G塩基対であったりする。
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