生き肝
★1.生き肝(あるいは心臓)は、さまざまな病気に著効のある薬である。
安達ヶ原の鬼婆の伝説 都の姫君・環(たまき)の宮の病気を治すために生き肝が必要なので、乳母の岩手は人里離れた岩屋に住み、訪れた若い女の腹を出刃包丁で裂いた。女は死に際に、「私は親を捜していたが、ついに会えなかった」と言う。女の持つ守り袋を開けて見ると、岩手が産んだ実の娘であることがわかった。驚き狂った岩手は、それ以来、旅人の生血を吸い肉を喰う、安達ヶ原の鬼婆となってしまった(福島県二本松)。
『今昔物語集』巻4-40 天竺の貧家の娘が、『法華経』書写供養の費用を作るため、宮殿へ髪を売りに行く。国王の太子が生来声の出ぬ病で、長髪の美女の生き肝を良薬として求めていたところなので、娘は捕らえられ、胸を裂かれることになる。その時、太子が「娘を殺すなかれ」と、生まれて始めて言葉を発する。大王は喜び、娘に多くの財宝を与える。
『西遊記』百回本第78~79回 白鹿の化身の道士が、白狐の化身である美后を、比丘国の王に献ずる。国王は美后を寵愛すること3年、病み衰えて命も危うくなる。道士は「1111人の子供の心肝を煎じて薬とともに飲めば、長生きできる」と言うので、家々では子供を籠に入れて国王の下命を待つ。孫悟空が子供たちを保護し、道士と美后の正体をあばいて、国王を恥じ入らせる。
『封神演義』第23回 妲妃(=実は妖狐の化身)が血を吐いて倒れ、「この病気を治すには、宰相比干の心臓が必要だ」と紂王に訴える。比干は姜子牙(=太公望)から霊符を受け、起死回生の秘策を授けられて、自ら短刀で胸を裂き心臓を抉り出す。彼は心臓を失った身体のまま、紂王のもとから退出する→〔禁忌〕2。
*五月五日生まれの美女の生き肝→〔五月〕1の『新可笑記』(井原西鶴)巻1-4「生肝は妙薬のよし」。
*生き肝は、恋わずらいの薬にもなる→〔恋わずらい〕2aの『肝つぶし』(落語)。
『今昔物語集』巻5-25 懐妊した亀が、腹の病の薬として猿の肝を欲しがる。夫亀が猿をだまして連れ出すが、猿の「生き肝は木に懸けてある」という言葉に欺かれ、逃げられる〔*→〔魂〕1bの『二人兄弟の物語』と同様に、生命の根源である魂を体外に置く物語の一種であろう〕。
『パンチャタントラ』第4巻・主話 浜辺に住む猿が、甘露のようなジャンブー樹の実を食べていた。鰐の妻が、「美味な果実を食べている猿の心臓は、さぞおいしいでしょうから、食べてみたい」と夫に望む。鰐の夫は猿に、「我が家へ招待しよう」と言って連れ出そうとするが、つい「実は心臓が欲しいのだ」と打ち明けてしまう。猿は、「私の心臓はジャンブー樹の穴に隠してある」と言い、取りに行くふりをして逃げる。
『ジャータカ』第57話 懐妊した鰐が、「猿の心臓の肉を食べたい」と言うので、鰐の夫が岩に化けて猿を誘いよせる。猿はこれを見破り、身体を与えるふりをして鰐に近づく。鰐は口を開けると目を閉じる習性があり、猿はそれを利用して、鰐の頭を踏みつけて逃げる。
『太平広記』巻445所引『宣室志』 富豪楊氏の老父が病み、人の生きた心を食わねば治らない。楊氏は旅に出て、ある深山で「心を与えてもよい」と言う老僧に出会い、連れ戻って饗応する。老僧は、食べ物を平らげると高樹の枝に跳び上がり、「金鋼経に『過去心不可得。現在心不可得。未来心不可得』とあり、心は手に入らぬものだ」と述べて、猿に変じ姿を消す。
★3.雷公の生き肝。
雷公を捕らえる(中国・トン族の神話) 4人兄弟の老母が病気になった。雷公の肝が薬になるので、兄弟たちは雷公を捕らえようと、家の屋根に仕掛けをほどこす。雷公は屋根に降りて足を滑らせ、落下する。兄弟たちは雷公を捕らえて、鉄の籠の中に閉じ込める。しかし雷公は、通りかかった姜良(チャンリャン)・姜妹(チャンメイ)兄妹から水をもらって力を回復し、籠を壊して天へ帰って行った。
*鹿の心臓と肝臓を用いて、身体から蛇の毒を吸い出す→〔鹿〕5の『仔鹿物語』(ブラウン)。
『椿説弓張月』続篇巻之5第43回・残篇巻之3第63回 琉球・北谷の託女(みこ)阿公(くまきみ)は、旅の女(新垣)が出産間近で苦しんでいる所へ通りかかる。「左孕み(=胎児の位置が左脇腹)ゆえ男児」と見て、阿公は新垣の腹を裂き、胎児を取り出す。この子を「尚寧王の王子」と偽って、王位につけようとしたのである。しかし新垣は、阿公がかつて産んだ娘で、胎児は孫だった→〔一夜孕み〕4。
『南総里見八犬伝』第9輯巻之3第97回 胆吹山(=伊吹山)の盗賊・但鳥跖六業因(ただとりせきろくなりより)は、懐妊中の女をさらって腹を裂き、胎内の児を蒸して食い、炙って酒の肴にしていた。しかし、ある時、突然腹の中から声がして、長年の悪事をしゃべり出し、業因は捕らえられた。
Weblioに収録されているすべての辞書から生き肝を検索する場合は、下記のリンクをクリックしてください。
全ての辞書から生き肝 を検索
- 生き肝のページへのリンク