江川事件とは? わかりやすく解説

江川事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 12:03 UTC 版)

小林繁」の記事における「江川事件」の解説

「江川事件」も参照 1978年11月20日巨人は「入団交渉期間はドラフト会議当日から翌年ドラフト会議前々日2日前)まで」とする野球協約盲点を突く形で、前年ドラフト会議クラウンライター・ライオンズから1位指名受けた江川卓ドラフト会議前日にあたるこの日に入団契約取り交わした(江川事件)。 しかし、江川巨人との入団契約セ・リーグ会長鈴木龍二認めず、これに反発した巨人ドラフト会議ボイコットするドラフト会議では阪神タイガース江川との交渉獲得したが、巨人は「全球団が出席しないドラフト会議無効」と主張し江川地位保全求め仮処分申請東京地方裁判所対し行うと同時に日本野球機構脱退しリーグ設立画策した。 12月21日日本野球機構コミッショナー金子鋭は「ドラフト会議は有効」とする見解示し、「タイガース江川対す交渉有する」とする裁定下したが、翌日になって江川には一度阪神入団契約交わしその後すぐに巨人トレードさせる形での解決を望む」という「強い要望」を表明した一連の経緯世間反発する同時に江川トレード相手がどの選手になるかに関心集まったトレード期限1979年1月31日設定され新浦寿夫高田繁淡口憲治西本聖と共に小林の名も取り上げられた。なお、当初江川巨人の間では金銭トレードで話を進め取り決めになっていた。 巨人キャンプ2月1日に始まる予定であった。その前日である1月31日午前小林キャンプ地である宮崎飛行機移動するため、都内ホテルから羽田空港到着してチームメイト合流しようとしたが、そこへ球団事務所庶務部長球団職員によって呼び止められそのまま社旗付けたハイヤー乗せられホテルニューオータニへと連行された。ハイヤーを目にした時、小林は「え?オレか?これが現実なのか?」と動揺し、「そうか、トレード本当にあったんだ。俺だったのか」と気付いたという。それまで小林には「まさかジャイアンツがそんなことはしないだろう。それをやっちゃジャイアンツ終わりだよ」という思いがあった。ホテル一室には球団社長長谷川実雄がおり、「君が了承してくれないジャイアンツセ・リーグ出ていかなくちゃいけないんだ」「何とか事情汲み取ってもらいたい」と述べた小林によると長谷川口調事務的で、決定事項伝達のように感じられたという。球団30日小林トレード要員とすることを決め小林自宅電話をかけて連絡をとろうとしたが小林ホテルへ、家族神戸移動していたため連絡がつかず、空港小林待ち受けることになった小林数時間かけて考えた末、トレード同意し2月1日午前0時都内球団事務所記者会見開いたスポーツライター近藤隆夫は、なし崩し的阪神入団させられることを警戒していた江川午後4時20分に阪神との間で入団契約結んでいることから、この時間帯には小林移籍同意していたのだろうと推測している。記者会見小林は、阪神への移籍同意した旨を発表して犠牲になったという気持ちはありません。僕自身今でも巨人好きです江川君は話がうまくいたんだから、これから大変だと思うけれど、巨人一員として頑張ってもらいたい」と語るなど毅然と振る舞った。しかしそれは「冷静にふるまっている自分見せようとしていた」に過ぎず内心では「もう早解放してくれ」と思っていたという。トレードに伴い第三者働きかけ功労3000万支払い 引退時に日本テレビ巨人軍就職斡旋 などの「覚書」が結ばれたが、文書球団作成保管して小林一度見たことはなかったとしている。また、実際に履行されたのは功労金の支払いだけで、中畑清引退時に日本テレビ解説者就任小林要望した際に、球団オーナー正力亨から「あの件はもういいね?」と言われ小林承諾した。これについて小林は「僕は将来身分保証を平気で返しちゃうような人間だから、お金動いたわけではないんです」と述べている。 会見後小林チームメイト挨拶して荷物取りに行くために宮崎行こうとしたが、「君が行けばまた騒ぎになるし、選手たち精神的動揺をきたすかもしれない」と球団から止められた。 なお、2月8日開かれたプロ野球実行委員会巨人行動他球団から強く非難され前年12月22日金子による「強い要望」と小林 - 江川トレード白紙撤回され、 小林改め阪神トレードする 江川巨人への移籍開幕日まで認めない 巨人6月まで江川選手登録自粛する といったことが決定された。また、金子コミッショナー辞任したこれをもって江川事件は一応の終結迎えたとされるが、小林の中で終結したのは、1987年江川現役引退発表した日にオーナー正力亨から電話で「江川今日辞めたよ。君にだけは報告しておく。キミには苦労をかけてしまった」と謝罪受けた時だったという。小林はこの事実テレビ番組の中で公表した

※この「江川事件」の解説は、「小林繁」の解説の一部です。
「江川事件」を含む「小林繁」の記事については、「小林繁」の概要を参照ください。

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