日食の観測
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「1999年8月11日の日食」の記事における「日食の観測」の解説
人口過密地帯を通過したため、人類史上最も多くの人に観測された皆既日食であることには疑いがないが、ヨーロッパ等ではあいにくの雨であった。しかしヨーロッパの多くのテレビ局で大々的に報道された。また、ロシアの宇宙ステーションミールからの映像も中継された。 イギリスのBBCは、イギリス最西端のコーンウォールから中継した。当地には非常に多くの見物客が集まっていたが、曇りであった。BBC Oneでは特別番組が放送された。 最も良く観測ができたのは、イギリス海峡であった。穏やかな天候の中、停泊するフェリーから観測することができた。 フランスのヴジエでも良いコンディションで観測することができたが、ベルギーからの日帰りの自動車で大渋滞であった。ここでの映像はBBCの番組でも使用された。 サンフランシスコのエクスプロラトリアムでは、トルコのアマスィヤからインターネット中継を行った。 ブルガリア科学アカデミーは、ブルガリア空軍のMiG-21を使ってコロナを観測した。MiG-21は、マッハ1.4から1.5の速さで高度13,000mを飛行し、6分間に渡って月の本影に入った。空軍パイロットのカメラマンは、200mmレンズのカメラと赤外線カメラの2種類のカメラ及びDigital8ビデオカメラで撮影を行った。この飛行は、Mobiltelがスポンサーした。 3機のコンコルドが皆既の影に入って最大時速2200キロで飛行し、影に追い越されるまでの約15分間、各数百人の乗客が皆既日食を目撃した。 ドイツの高速道路では数百キロに及ぶ渋滞が発生した。
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日食の観測
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「2010年1月15日の日食」の記事における「日食の観測」の解説
日食は、中央アフリカ共和国で最初に始まり、カメルーン、コンゴ民主共和国、ウガンダ、ケニヤのナイロビを通ってインド洋に抜け、最長時間に達した。その後、モルジブに入り、陸地で最長の10.8分間を記録した。モルジブの首都マレでは、モルジブ標準時 (UTC+5) の12時20分20秒に始まり、12時30分6秒に終わった。これは、国際空港で見られた最長の日食であった。 インド標準時の13時20分頃にケーララ州ティルヴァナンタプラムからインドに入ってタミル・ナードゥ州ラーメーシュワラムに抜けた。 インドでは日食は10.4分間見られた。ラーメーシュワラムを抜けると、デルフト島からスリランカに入り、ジャフナから抜けてベンガル湾を横切り、ミゾラム州から再びインドに入った。 インドに入った地点であるティルヴァナンタプラムには天文台があり、日食の観測のために公衆に開放されていた。ティルヴァナンタプラムにあるヴィクラム・サラバイ宇宙センターは、日食の間に大気のイオン化パラメータを測定した。多くの科学者が日食を観測、研究するためにこの街に泊まった。 ラーメーシュワラムでは、厚い雲で日の出は見られなかったが、現地の時間で午前9時頃になると空は晴れ始め、日食が始まる頃にはほぼ快晴になった。午後2時30分頃までは、薄い巻雲も残っていた。 南アジアを過ぎると、金環日食はミャンマー、中国を移動し、終了した。
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日食の観測
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「2010年7月11日の日食」の記事における「日食の観測」の解説
皆既日食は、トンガ南西約700kmの地点で、18時15分(UTC)頃に発生し、20時11分(UTC)にはイースター島に達した。世界の夜空を撮影するプロジェクトThe World At Nightは、日食が見られる経路に沿って写真家を配置した。日食の追跡者は、チャーターした航空機、クルーズ船、多くの島やアルゼンチンのパタゴニア地域で撮影を行った。イースター島では、皆既日食は約1400年ぶりで、4分41秒間続いた。旅行者、科学者、写真家、映画撮影者、ジャーナリスト等を含む約4000人が日食のためにイースター島を訪れ、モアイ像の警備が強化された。日食の時間帯は、南アフリカ共和国で行われた2010 FIFAワールドカップ・決勝の開始時刻と重なり、タヒチのサッカーファンは、約98%もの部分日食よりもサッカーの試合を見ることとなった。皆既日食の経路は、人口の多い島をかすめ、例えばタヒチ島の北端のわずか約20km北を通った。 フランス領ポリネシアでの皆既日食は350年ぶりであった。推定約5000人の旅行者が日食を見るために様々な島を訪れた。12万個近くの日食めがねが観測者に配布された。アルゼンチン南端近くのエル・カラファテでも日没の2分前に日食を見ることができた。 チリの南端で日食が観測された数時間後、アントファガスタ州をマグニチュード6.2の地震が襲ったが、カラマやサンペドロ・デ・アタカマの近郊では、重傷者等は出なかった。
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