情報伝達の不備
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/17 04:43 UTC 版)
本事件は労組の行動を直接の原因としているが、当局たる首都圏本部が指摘した問題点として、輸送障害時の情報提供策不備が挙げられる。当時の首都圏本部次長は通勤五方面作戦の成果や今後の輸送力増強の必要性に触れつつ、これらの事件を「単に通勤輸送力の増強だけでは片付けられない」とした。具体的には上記の要素により社会情勢が不安定となると、危険な雰囲気が醸成される旨を述べている。 事件後1975年3月、首都圏本部長交代の人事発令の際は、本社電気局長の尾関雅則が国鉄本社常務理事格で異動した経緯があった。また、尾関は前本部長の石川達二郎からの引継ぎの際「情報問題をぜひあなたの時代にやってほしい。根をつけてほしい」と言われたと言う。 また、1976年当時首都圏本部工事管理室長(前東京西鉄道管理局電気部長)であった佐藤金司は、両事件を情報面から次のような総括を行っている。なお、佐藤は首都圏国電暴動の際には騒動現場に遭遇したため、直ちに西管理局に戻り、情報収集、復旧、事後の対応に当たり、暴動後の検討会に出席した経験を持つが、私見として次の事項を列挙した。 第一に、列車減速のようなサボタージュ中は乗客のイライラ状態が強く、不祥事の発生する発火点が極めて低い。 第二に、パニック状態まで混乱を発展させないためには、事件の起きた最初の二、三〇分の処置の適否が極めて重要である。 第三に、混雑した車中や駅などの群衆の中では、異常時に最も悪い影響を与えるのは、"情報の飢餓"である。 第四に、にもかかわらず、情報収集伝達手段が極めて貧弱であり、従って適切な判断と情報の提供をなし得なかった。 第五に、肝心の車中や駅では的確な情報が分らず、乗客に対して有効な案内や説得をなし得なかった。 — 佐藤金司「首都圏輸送の日々に思う...」『鉄道界』1976年4月 このような事実から、佐藤金司は次のような教訓を導いている。 首都圏輸送は異常な集中度である 輸送のトラブルは相当の頻度で起きている 輸送混乱時は迅速的確な処理が必要 混乱時には情報の収集伝達が決め手となる なお、具体的な対策としては当時京王帝都電鉄など一部私鉄で導入されつつあったTTCが名指しで挙げられている。 その他の解消策として、『鉄道経営』誌に投稿された記事では非常時の情報収集・提供能力とともに、代行輸送力の自社保有、異常時下の群集心理を研究することなどを挙げている。 『鉄道通信』では部外との接触の内苦情処理について論じた際「どうもわが社の体質として、部外向け一般情報提供の重要さの認識が、うすいうらみがあるように思われる」と述べており、対策として電話による情報案内の充実を挙げている。また、現業員向けの問題点として部内向け全国一斉伝達、一斉放送の汎用設備を保有していない点も指摘された。また、器材破壊について、「なにか騒動が起きるときまって通信設備が破壊される」と述べており、その理由を旅客と常に接する場所に置いてあり、防護体制が取られていないことに求めている。対策としては器材防護の強化では限度があるため、予備品と移動器材を備えておく必要性を指摘している。 事件後に行われた鉄道公安官の座談会でも、東京駅で収拾に当たった公安官から「多少酒が入っていた関係もありましょうが、立派な紳士がけっこうヤジ馬になって、目の色を変えて右往左往している姿が見受けられた」と言う。当然公安室は総動員で収拾に忙殺された。また、「職員が最後まで職場を守ったところは被害が非常に少なくて、危険を感じて無人となったところほど大きな被害を受けたということがいえる」「ふんまんの対象になる職員がおれば当り散らして気分もまぎれるんでしょうが、対象となる者がいないと手当たり次第、物にあたってくる」等と言った観察結果が示されている。
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