大白森の山男(サンカ)
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千葉治平の4代前の先祖に、堀川小太郎常義という人がいた。秋田藩の山廻り番をして、国境を巡回したり南部藩禁制の名馬を移入し、天保の飢饉で壊滅状態になった秋田藩の馬産を復活させた。堀川は不思議な山男(サンカ)の記録を残している。 1864年(元治元年)田沢村御野馬牧場の長九郎という百姓が、小白森へタケノコ取りに行って行方不明になった。長九郎は鶴の湯の湯守の六蔵じいさんと同行しタケノコ取りに出かけた。大白森、小白森に近い鶴の湯はタケノコ取りの基地となっていた。長九郎は藪の中で「ホーイ」と大声を出してタケノコ取っていたが、六蔵はそれを捨て置いた。昼近くになって、六蔵が約束の湿地の畔に降りてみたものの、長九郎は姿を見せなかった。六蔵は胸騒ぎがするので元の藪で長九郎を探したものの見つからない。一人で湯小屋に降りて、タケノコ汁を温めて長九郎を待った。長九郎はとうとうその日は戻らないので、翌日六蔵は3里の山道を駆けて村に急を告げた。御野馬牧場の支配人、堀川小太郎は六蔵を「もし南部藩に抜ければ、役人によって処刑されてしまうぞ」と叱った。長九郎の家族も絶望のあまり唯おろおろしているだけで、若い長九郎の妻は泣き崩れていた。マタギを中心とした捜索隊が放たれ、捜索は何日も続いたがついに長九郎は見つからなかった。翌1865年(慶応元年)の春、堀川は秋田藩の密命を受け、地理に詳しいマタギや木こりを山に放って国境警備の状況を偵察した。その結果、喜左衛門というマタギが大白森と南部大白森に囲まれた河内の沢で偶然、白骨死体を発見した。着物はボロボロになってちぎれ、捨て置くことはできず彼は骸骨を担いで村に帰った。 翌1866年の早春、喜左衛門マタギは乳頭山と秋田駒ヶ岳の中間にある笊森(1541m)へカモシカ狩りにでかけた。それは樹氷が見られる季節であった。喜左衛門は鞍部近くにたどり着くと、山頂にいる異形の人影を見つけた。喜左衛門が大声を出して脅すと、異形の者は驚いて、一瞬顔を向けた。それは死んだはずの銅屋長九郎だった。長九郎は見破られたと思ったのか、飛ぶように鞍部を走り南部側の雪渓を滑り落ちるようにしてモロビの林の中に姿を消した。喜左衛門の話は、村人を震撼させた。長九郎の亡霊だとか、南部の山役人の手下になり国境を偵察しているのではないかという説を唱えた。長九郎の妻は、山神様に祈りを捧げ、肝煎のちからにすがって山狩りを続けるように願い出た。六蔵は食料を持って捜索をしようと鶴の湯に行った。そこに喜左衛門が黒湯で人の足跡を発見したと飛び込んで来た。南部領から秘かに黒湯に湯治に来ている者がいるという。黒湯には湯守がいなかった。喜左衛門と六蔵は一緒に黒湯に登った。8日目の夕暮れ、六蔵が外の湯壺を覗くと、岩陰にけだもののようにうずくまっている者がいる。2人が連れだって湯壺に行くと、髭面で人相は変わっているが、長九郎のように見える。2人は喜びと驚きの中、湯小屋に長九郎を連れて行った。しかし、長九郎はなぜかぐったりとして炉端に崩れうなじを垂れてしまう。「南部の村役人もいない。もう安心して良いぞ」と言っても「俺は死んだと思ってくれ。俺を見たと言わないでくれ」と返す。訳を聞くと、一部始終を語り始めた。 2年前、長九郎は六蔵とはぐれたあと、小白森、大白森を越え南部領に迷い込んだ。疲労で昏睡状態に陥った後、気づくと杣小屋のようなところに横たわり、毛皮を着た髭面の目が光る男と、若い女が彼を介抱していた。二人とは言葉が通じず、小屋にはまれに山の人間達が立ち寄っては去って行く。二人は献身的に長九郎を介抱し、長九郎は次第に健康を快復していった。若い女は年頃で、長九郎は妻があることは秘めて、娘と恋に落ちていった。彼らは定住の地を持たず、熊野や飛騨、信濃などの山地を漂泊しているらしい。冬になると南の地方に移動する彼らは、長九郎の為に、一冬をその地方で過ごし、彼を介護し、若い女は長九郎の子を身ごもっていた。次の年、南の国に移動することを躊躇する長九郎だが、ある秋の日に山男の父が山役人に撃たれ血まみれになってしまう。傷ついた山男の父を介抱し、長九郎は父を黒湯の湯の華を採って来たり薬草を集めたりした。南の地に行く季節は三月、それまでに長九郎は黒湯に往復して湯の華を集め、そのために喜左衛門や六蔵に目撃された。彼は語りながら涙をボロボロとこぼした。喜左衛門や六蔵は呆然として聞いていると、長九郎は突然身を起こし「長九郎は死んだものと伝えてくれ!俺は南に行く。嶺の上に雪が落ちたら、長九郎のことを思い出してくれ」と言って湯小屋から飛び出した。「待ってくれ、長九郎」と叫んで追いかけても、長九郎の姿はブナの林の中に見えなくなって行った。
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