合従軍編【25巻 - 34巻】
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合従軍襲来 - 函谷関攻防戦(25巻 - 30巻) 始皇六年、楚軍が秦へ侵攻し、さらに魏・趙・韓・燕・斉の軍が次々と侵攻。これは戦国四君にして楚宰相・春申君を総大将、李牧を参謀とする六国連合・合従軍であった。蔡沢により斉を離脱させたが、合従軍を迎え撃つべく秦は国内全戦力を動員、両軍は秦国門・函谷関で激突した。 一日目、麃公軍は趙軍副将・慶舎の罠に嵌まるも、信の檄で盛り返し激戦となる。一方魏軍総大将・呉鳳明は函谷関に巨大井闌車を投入するも、桓騎が1台を焼き払う。また騰軍は楚第一軍と激突してその将を討ち、信は混戦の中で万極を討ち取った。2日目以降合従軍は、楚第二軍将・媧燐の献策により主力を温存した消耗戦を続ける中、七日目には韓軍総大将・成恢により秦将・張唐が毒を喰らう。 十五日目、合従軍全軍による総攻撃が行われた。蒙武軍は楚軍総大将・汗明軍に対し斜陣がけを仕掛けた後自ら突撃、騰軍は媧燐軍の猛攻に対し王賁・蒙恬を抜擢する。函谷関では呉鳳明の猛攻の中、張唐が桓騎と共に韓本陣を奇襲、成恢を討った後毒で力尽きる。一方燕軍総大将オルドは函谷関の裏を狙うも王翦軍の急襲に退却、また項翼が騰と互角の戦いをする中媧燐本軍が突撃する。媧燐本軍はさらに蒙武を狙うも、蒙武は汗明を一騎討ちの末に討ち取る。だが媧燐が函谷関を陥落寸前に陥れるが、王翦の機転により函谷関を守りきり、合従軍が開戦前の位置まで退却した。 合従軍襲来 - 蕞防衛戦(30巻 - 34巻) 秦軍が勝利に浮かれる中、合従軍から李牧が姿を消す。そして李牧率いる別動隊が国門・武関の内側の城を次々と落とし侵攻、これを察知した麃公軍は猛追を掛け、李牧の策を破り本陣へ到達する。だが麃公は龐煖との一騎討ちの末に討たれ、信達残された者は咸陽へ向かった。その頃、政は自ら出陣し、咸陽を守る最後の城・蕞で信達と合流。政の檄で蕞の住民は奮い立ち、民兵と共に李牧軍を迎え撃つ。 民兵達の奮戦により初日を凌ぐも、形だけの夜襲により民兵は疲弊、二日目には李牧軍の将・傅抵とカイネにより窮地に陥る。だが飛信隊が2人を破り、さらに三日目、四日目も凌ぐ。だが五日目には民兵が限界を迎え倒れ出し、政も深手を負う。そして李牧軍は総攻撃を掛けるも、全てを出し切り六日目も凌ぐ。だが七日目、とうとう城門が突破されるが、そこへ山の民が現れ形勢逆転、信は龐煖に挑み、ついに深手を負わせ龐煖を退かせる。 山の民により李牧軍は撤退、合従軍は函国関より完全撤退を余儀なくされ、斉へ攻め込んだのち解散した。また論功行賞で信は、三千人将へ昇格した。そんな中、羌瘣は仇敵・幽連の居所へ乗り込むも苦戦する。だが飛信隊との繋がりを力に幽連を討ち、再び飛信隊へ戻り活躍する。
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紀元前241年(始皇六年) 宮女・向、嬴政の子を懐妊 春申君、楚・魏・趙・燕・韓・斉の合従軍を率いて秦へ侵攻、秦は蔡沢により斉を離脱させ、函谷関で迎撃一日目、信が万極を、騰が楚軍第一将・臨武君を討つ 二日目以降、合従軍は主力温存・消耗戦へ移行 七日目、韓軍総大将・成恢、張唐に向け毒兵器投入 十五日目、合従軍総攻撃、張唐が成恢を討った後戦死。蒙武、楚軍総大将・汗明を討つ。媧燐、函谷関の裏を取るも王翦により失敗。燕軍を除く合従軍、開戦前の位置まで退却。 龐煖・李牧、別動隊4万を率いて侵攻、追撃した麃公を討つ。嬴政、蕞で民間人を率いて迎撃一日目、別動隊が蕞の四方より攻撃、見せかけの夜襲を行う 五日目、嬴政が負傷しその存在が発覚、総攻撃を受ける 七日目、別動隊が城内へ侵入、山の民の援軍により別動隊撤退 合従軍、函谷関より完全撤退し斉へ侵攻、饒安まで落とし解散。信は論功行賞で三千人将へ昇格 羌瘣、羌象の仇・幽連を討ち帰還、その後千人将となる この頃楚、陳から郢へ遷都
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