南北戦争の勃発と妥協の問題
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/08 09:00 UTC 版)
「南北戦争の原因」の記事における「南北戦争の勃発と妥協の問題」の解説
エイブラハム・リンカーンはクリッテンデン妥協案を拒否し、1861年のコーウィン修正案の批准を得ることには失敗した。またクリッテンデン妥協案とコーウィン修正案に替わる有効な代案を提案しようとしたワシントン平和会議も開催不可能となり、妥協をしないことになった。このことは南北戦争の歴史家によって未だに議論されているところである。戦争が遂行されるようになったときでも、ウィリアム・スワードとジェームズ・ブキャナンはその必然性の問題についての議論を纏めようとしていた。このことも歴史家の議論の対象になっている。 開戦前ですら、国中を燃え上がらせた党派間緊張関係について2つの競合する説明が試みられた。ブキャナンは党派間の敵対心は偶然のものであり、自己中心あるいは狂信的な扇動者による不必要な仕事だったと信じていた。さらに共和党の「狂信」を理由として抜き出してもいた。一方で、スワードは反対勢力と守る勢力の間に抑制できない軋轢があったと信じた。 抑制できない軋轢という考え方は当初の歴史家の議論でも支配的なものであった。戦後の数十年間、南北戦争の歴史は一般に紛争に参加した北部の者達の見解を反映していた。この戦争は南部が非難されるべき明確な道徳的紛争であり、奴隷勢力の思い描いたものの結果として持ち上がった紛争と考えられた。ヘンリー・ウィルソンの著書「アメリカにおける奴隷勢力の興亡の歴史」 (1872-1877)は、この道徳的解釈を真っ先に代表するものとなり、北部の者達は「奴隷勢力」の挑戦的な考え方に対して合衆国を守るために戦ったとしていた。後にウィルソンの7巻からなる「1850年妥協から南北戦争までのアメリカ合衆国史」 (1893-1900)では、ジェイムズ・フォード・ローズが奴隷制を南北戦争の中心そして実質上唯一の原因としていた。北部と南部は奴隷制の問題を和解もできないし、変えることもできないという立場になっていた。紛争は避けられなくなっていた。 しかし、戦争は避けられなかったという考えは1920年代まで歴史家達の支持を得られなくなった。この頃、「修正主義者」達が紛争に至るまでの新しい理由を提唱し始めた。ジェイムズ・G・ランドールやアベリー・クレイブンのような修正主義歴史家は南部の社会や経済の仕組みの中に戦争を要求するような基本的違いは無かったと見た。ランドールは「ヘマをした世代」の指導者の怠慢を非難した。さらに奴隷制は本来害のない制度であり、19世紀中には消えていく運命にあったとも見ていた。もう一人の指導的修正主義者クレイブンはランドールよりも奴隷制の問題を強調したが、概ねは同じポイントを突いていた。クレイブンの著書「南北戦争の到来」では、奴隷労働者は北部の労働者よりも悪い状態ではなかったとし、奴隷制度そのものは究極的には消滅する途上に既にあったこと、戦争は議会政治の伝統に巧みで責任もあった指導者のヘンリー・クレイとダニエル・ウェブスターによって避けられたはずだとした。クレイとウェブスターは1850年代の指導者世代と対比してほぼ間違いなく19世紀前半のアメリカ政界で最も重要な人物であり、合衆国に捧げられた情熱的で愛国的な献身によって妥協点を見出せる可能性があった。 しかし、1850年代の政治家達が無能ではなかった可能性はある。より最近の研究では修正主義者の解釈の要素は残しながら、政治的な扇動の役割を強調した(南部にたいして民主党、北部に対して共和党の政治家が党派間抗争を政治的議論の中心に起き続けた)。デイビッド・ハーバート・ドナルドの1960年の議論では、1850年代の政治家達は異常なほど無能ではなかったが、民主主義の急速な拡大に直面して伝統的な拘束が無くなっていく社会で活動していたと論じた。2大政党制の安定は合衆国を一つにしていたが、1850年代にはそれが崩れて、党派間抗争を抑えるのではなく増大させたとした。 この解釈を補強するために、政治社会学者は政治的民主主義の安定的機能は党派が様々な利益の広い連携を代表している状況を必要とし、社会的紛争の平和的解決は主要な党派が基本的な価値観を共有しているときに容易に達成されると指摘した。1850年代以前、2度目のアメリカ的2大政党制(民主党とホイッグ党の争い)がこのパターンであった。この時代は地域に跨る政治的連携のネットワークを維持するために、党派の理論や問題が政治から遠ざけられていたあからである。しかし、1840年代と1850年代に理論が政治の中心に入っていった。保守的なホイッグ党や民主党はそれをまだ遠ざけて置こうと最善の努力はしていたうえでのことであった。
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