再評価の進展と混乱
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/30 14:08 UTC 版)
「ニコライ・ロスラヴェッツ」の記事における「再評価の進展と混乱」の解説
現在では、ロスラヴェッツの最も重要な作品が、マリーナ・ロバノヴァの校訂により、マインツのショット社によって出版されている。この校訂譜は、ロスラヴェッツの遺産の忠実な再現を目的としている。この出版譜のかなりの部分が、かつては編集用の準備が必要な状態で文書化されて保管されていた。それ以外の部分は、作曲者自身によって仕上げられた楽曲か、もしくは原曲に忠実な復元であると看做された楽曲に基づいている。生前に作曲者によって発表された作品を再発行する際には、印刷ミスは修正されている。出版計画は終わりには程遠く、多くの楽曲が印刷を待っている。 1991年にル・シャン・デュ・モンド社は、ロスラヴェッツの7つの未発表作品をアレクサンドル・ラスカートフがまぎれもなく完成させたと宣言した。その7曲とは、連作歌曲集《アレクサンドル・ブロークを偲んで》、交響詩《新月の瞬間》、《弦楽四重奏のための音楽》、《ヴィオラとピアノのためのソナタ第1番》(1925年)と《第2番》(1926年)、《ピアノ・ソナタ第6番》と《室内交響曲》(1926年)ならびに、バリトンと打楽器のための歌曲《戸を叩け》であるとされた。実のところ、連作歌曲集《アレクサンドル・ブロークを偲んで》と交響詩《新月の瞬間》はロスラヴェッツ自身が完成している。《ピアノ・ソナタ第6番》の保管資料には終結部が含まれておらず、ロスラヴェッツの作風に忠実な再構成を不可能にしている。《弦楽四重奏のための音楽》は捏造にほかならず、ロスラヴェッツが書いたこともなければ、書こうともしなかった類いの楽曲である。シャン・デュ・モンド社の事業計画書において宣告されていた、1925年の「ヴィオラ・ソナタ第1番」は、実のところはロスラヴェッツが完成させようとはしなかった草稿である。下書きだから仕上げる必要がなかったのである。ル・シャン・デュ・モンド社の目録において誤って「ヴィオラ・ソナタ第2番」と呼ばれている本来の《ヴィオラ・ソナタ第1番》は、1926年にロスラヴェッツによって完成された後、マリーナ・ロバノヴァによって復元され、補筆された。真作の《ヴィオラ・ソナタ第2番》は、シャン・デュ・モンド社が力説しているような1926年の作品なのではなくて、1930年代の作品である。こちらはロバノヴァが復元する必要はなかったが、ロバノヴァが出版した。シャン・デュ・モンド社の目録に載っている1926年の「室内交響曲」も、ロスラヴェッツが完成させようとしなかった草稿である。草稿からは、全体だけでなく部分さえも、ロスラヴェッツの作風に忠実に再構成することができない。ラスカートフが用いた楽器編成は怪しいものである。ハープやピアノや打楽器群が指定されない譜面は、ロスラヴェッツの様式的特徴とは全く相容れない。ロスラヴェッツの真作の《室内交響曲》(1934年–1935年)は、事実18楽器のために作曲されているのだが、1926年の草稿はさらに小編成が採られている。 以上の情勢から、ロスラヴェッツの遺産の調査研究と普及は、混乱してひどく錯綜したものとなった。ヴィオラ・ソナタとその録音については重大な誤解が起きている。フランス・ハルモニア・ムンディ・レーベルのCD『ロスラヴェッツ室内楽曲集』 (LDC 288 047) には、ヴィオラ・ソナタ第1番および第2番を収録と謳われているが、実際に収録されているのは、「ラスカートフ版の第1番(ラスカートフの編曲による1925年の未完の草稿)」と「ロスラヴェッツが完成させた第1番」であり、真作の第2番は含まれていない。また、ロスラヴェッツの真作の第1番は他人が補筆する余地は全くなかったのだが、CDのブックレットは正反対の解説をしている。 交響詩《新月の瞬間》やその他のロスラヴェッツ作品の復元についての情報は、音楽評論家によって流布された。例えば1990年にジェラード・マクバーニーは音詩《新月の瞬間》について、未完の総譜のスケッチに依拠してラスカートフが完成させたと伝えている。ところがロスラヴェッツ本人によって作品は完成されており、その復元は、ほぼ完全なパート譜に基づいてロバノヴァが実現し、欠けているパートを総譜のスケッチに基づいて再構成したのもロバノヴァであった。アンナ・フェレンツは、1992年にロスラヴェッツの名誉回復の事情を伝える際に、「アレクサンドル・ラスカートフの交響詩の再構成」に触れている。カラム・マクドナルドは、《新月の瞬間》のザールブリュッケンにおける世界初演のパンフレットの解説において、作品をラスカートフに関連付けただけでなく、イラン・ヴォルコフの指揮とBBCスコットランド管弦楽団の演奏によるハイペリオン・レーベルのCD (CDA 67484) の解説文の中でも、ラスカートフが作品を復元したと述べている。2009年1月30日にハンブルク法廷は (GZ: 1004/08JB01 GK: 175) 、上述の偽情報を含んだブックレットを付けてこのCDを販売することを禁止した。ハイペリオン・レコード社は、その事実を受けて、自社サイトにおいてデータを改め、復元した人物名をロバノヴァに修正した。 そのほかに、ロスラヴェッツの生涯や創作についても誤った情報が見受けられる。例えば『ニューグローブ音楽大事典』や、Onno van Rijenによるウェブ上の音楽事典の ロスラヴェッツの項目 などにおいてである。
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