内政干渉と武力行使
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/20 02:43 UTC 版)
「ニカラグア事件」の記事における「内政干渉と武力行使」の解説
英語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります。ゲリラ戦における心理作戦 ICJはアメリカの行動に関して以下のことを事実として認定した。 アメリカ大統領の指令を受けた中央情報局(CIA)の職員によって雇用された人員が、ニカラグアの港に機雷を敷設して損害を発生させたこと。 アメリカの指揮・監督下において、アメリカ合衆国に雇用された人員が港湾施設、海軍基地、石油施設に攻撃をしたこと。 ニカラグアの反政府武装組織コントラに対して大規模な資金供与、訓練、武装化、組織化を行ったこと。ただしコントラの行動すべてがアメリカの責に帰すわけではない。 偵察飛行による領空侵犯と超音速飛行による衝撃波。 ニカラグア国境付近における軍事演習。 ニカラグア文民に対する発砲。 ニカラグア政府役人の「無害化」を推奨した手引書『ゲリラ戦における心理作戦(英語版)』等を作成しコントラに供与したこと。 ニカラグア船舶のアメリカへの寄港禁止やアメリカ国内の空港からのニカラグア航空機発着締め出しを含む全面的禁輸措置。 先決的判決に際した抗弁の中で、アメリカはニカラグアに対する一連の行動をエルサルバドル、ホンジュラス、コスタリカに対するニカラグアの武力攻撃・ゲリラ支援に対応した集団的自衛権の行使であると主張していた。この点に関し本案判決多数意見は、ニカラグアの行動に関しても以下のことを事実として認定した。 1979年から1981年初頭にニカラグア領内からエルサルバドルの反政府団体に対して武器の流出があった。ただしそれ以降の反政府団体への支援などについてニカラグアの責任を認定するには証拠不十分。 1982年から1984年にニカラグア領内からホンジュラスとコスタリカの領域への越境が行われた。しかしこの越境がニカラグアの責に帰す武力攻撃であったかどうかを決定するには証拠不十分。 ニカラグアはアメリカの行動が2国間の友好通商航海条約の趣旨・目的を破壊するものであったと主張したため、ICJはアメリカの上記行動が同条約第21条が言うところの「本質的な安全保障上の利益を守るために必要な措置」に該当するかを審理した。ニカラグアの港湾や石油施設などへの攻撃、機雷の敷設といったアメリカの行動についてICJは、2国間条約の精神を破壊するものであったとの裁定した。特に機雷の敷設については、友好通商航海条約第19条が保障する航行や通商の自由を侵害するものであったとした。また禁輸措置など通商関係の一方的な破棄は2国間条約の趣旨・目的を無効にするとまでは言えないものの、条約上の義務に違反した措置であったと判断した。 国連憲章第51条は相手国からの「武力攻撃」が発生したことを自衛権行使のための要件としているが、ICJは国連憲章第2条第4項において明文化された「武力の行使」を禁止する武力行使禁止原則は慣習国際法上の原則と合致したものであるとして、慣習国際法上の「武力の行使」の概念を以下のように定義し、相手国による自衛権行使が容認される「武力の行使」と容認されない「武力の行使」とを区別した。 本案判決による武力の行使の分類(A)最も重大な形態の武力の行使(武力攻撃)(B)より重大ではない形態の武力の行使(武力攻撃に至らない程度の武力行使)具体例正規軍による越境軍事攻撃それに匹敵するほどの武力行為を行う武装集団等の派遣・援助等 正規軍による単なる越境事件正規軍による軍事攻撃に匹敵しない程度の私人の武力行為の黙認等 許容される被害国の対応個別的または集団的自衛権の行使 被害国による均衡性のとれた対抗措置集団的対応は不可、武力を伴う対抗措置が可能かは判断回避 個別的および集団的自衛権行使の要件要件個別的集団的必要性 均衡性 攻撃を受けた旨の表明 援助要請 本案判決多数意見は、で示した要件のうちいずれかひとつでも満たさない場合には正当な自衛権行使とは見なされないとし、ニカラグアに対する軍事的・準軍事的活動を集団的自衛権の行使としたアメリカの主張を退けた。 その上で、ニカラグアからエルサルバドルに対する武器の流入は、場合によっては国際法上内政不干渉の原則に反した違法な行為(上記表のB)であった可能性を指摘しながらも、直接の被害国ではない第三国が集団的な武力対応を行うことの対象となる行為、すなわち集団的自衛権を行使する対象となる行為(上記表のA)には該当しないとした。 以上を踏まえた上でICJは、集団的自衛権という権利が慣習国際法上の権利として確立していることについては認めたが、武力攻撃の犠牲国が自ら犠牲となった旨を宣言せず、なおかつ集団的自衛権を行使する国に対して犠牲国が援助要請をしていない場合に、集団的自衛権行使を容認する規則は慣習国際法上存在しないとし(右表「個別的および集団的自衛権行使の要件」も参照)、エルサルバドルは援助要請を行ったもののそれはエルサルバドルが本件訴訟への参加要請を行った1984年8月15日のことであって、これはアメリカによるニカラグアに対しての一連の行動よりもはるかに後のことであり、ホンジュラスとコスタリカに至っては援助要請を行っていないと指摘した。さらに自衛権行使のためには武力攻撃に反撃する必要が存在するという必要性の要件と、反撃行為が相手国の武力攻撃と均衡のとれたものでなければならないという均衡性の要件が満たされなければならないと指摘し、アメリカのニカラグアに対する活動はこの2つの要件をも満たさないとして、正当な集団的自衛権の行使であったとしたアメリカの主張を多数意見は退けた。 この集団的自衛権に関する多数意見に対しては2名の判事が反対意見の中で批判を述べた。アメリカ出身の判事シュウェーベル(英語版)は「侵略の定義に関する決議」を引用しながら、ニカラグアのエルサルバドルへの非正規軍派遣などの活動は「武力攻撃」に該当するものであり、アメリカの集団的自衛権行使は正当なものであるとして多数意見を批判した。またイギリス出身の判事ジェニングス(英語版)は、国連憲章第7章による国際的平和維持が実効性を欠いている状況で、多数意見のように自衛権行使のため要件を必要以上に厳格に課すことは危険であるとして、多数意見を批判した。多数意見は国連憲章第51条に「固有の権利」と表記されていることを集団的自衛権が慣習国際法上の権利として確立していることの根拠とし、確かに学説上も集団的自衛権が慣習国際法上国家の権利として確立していたことは疑いの余地がないことであるが、その行使のための要件のうち、武力攻撃を受けた旨を被害国が表明することと、援助要請をすることという2要件が、当時の慣習国際法上確立していたとした点について十分な論証をICJは行っていないとする批判も学説上有力である。
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